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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第三章
4.お見通し
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食事のあと、さっそく訪問先に連絡を取ると言うミシェルと別れ、両親に「おやすみ」と挨拶したあと、エリオットはサイラスに声をかけた。
「ラス、時間ある?」
「あぁ。下で話そうか」
彼は一階の書斎にエリオットを招くと、待機していた巻き毛の侍従に、時間を見計らって迎えを寄こすように言付けた。
長椅子が二つ向き合う応接セットを素通りしたサイラスは、座り心地のよさそうな執務椅子に腰を下す。そのまま無言で、戸口に立つ弟を見つめた。
妙な間合いと沈黙にエリオットは戸惑い、そして気付く。
サイラスは、エリオットの言葉を待っているのだ。──出方を、と言ってもいい。
エドゥアルドが接近禁止命令を出したおかげで、「ふたりきりで」会うのは、事件後初めてだ。あの日サイラスは、冷たい液晶画面が並ぶ監視ルームで、エリオットの望むことをなんでも受け入れると約束している。さっそく魔法のランプをこすりに来たと、勘違いしていてもおかしくなかった。
べつに、たかりに来たわけじゃねーんだけど。
そもそもエリオットは、バッシュとの交際とカルバートンでの居住を認めさせたほかに、権利を行使するつもりはなかった。と言うより、あまり考えないようにしていた。余計なことまで、思い出してしまいそうだったから。
とにかく、サイラスに声をかけたのは、聞きたいことがあったからだ。それを示しておくべきだろう。
長椅子に腰かけながら、エリオットは話のきっかけを探した。
壁の本棚には、相変わらず本がたくさん詰まっている。前に見たときと、並んでいる背表紙の色味が違う気がするから、頻繁に入れ替えているらしい。壁には雪景色──でなければ画面いっぱいのココナッツポリッジ──を描いた油絵がかかっていた。部屋の角にはチェストがあって、白い書類整理箱とファイルが整然と並び、端っこにガラス製のチェスボードが飾られている。
エリオットの書斎も片付いてはいるが、あれはものが少ないだけ。この部屋は整然として機能的で、モデルルームみたいだ。
重厚な木製の机に置かれたいくつかの写真たてが、唯一の私的な空間の演出だ。エリオットはさらに視線をさまよわせる。そして、机の端に追いやられた固定電話に、床から生えたケーブルがしっかり刺さっているのを見つけた。
「……電話線、直したんだな」
予想外の指摘だったのか、サイラスの目が素直に電話へと流れる。そして苦笑いした。
「夕食の前にね。こうも貴族や議員たちがお前について聞きたがるとは、正直驚きだったかな」
「珍獣だから」
「その珍獣は、わたしをネタにいくら儲けたんだ?」
侍従のお遊びもよくご存じで。
「まだ確認してない。知りたいなら、あいつに聞いて」
「なるほど、胴元はアレクか」
「そこまでは知らないよ」
そうか、と言ったサイラスは、肘掛けに手をやって座り直した。エリオットの目的が「おねだり」ではないと察したらしい。
エリオットは手を伸ばし、ぱつぱつに膨らんだクッションを引き寄せると、膝の上に乗せた。
「コメントの原稿、もうできてる?」
「残念ながら、まだだ」
「じゃあ、概要でいいから教えて」
「なぜ?」
「ラスのこと聞かれたとき、用意しておかないと絶対に墓穴を掘るから」
「リスクマネジメントか。いい心がけだ」
慎重にと、バッシュにも言われた。
政治に関してエリオットは明るくないし、かと言ってノーコメントと言うわけにはいかない。コメントの準備があるなら、それに沿うような返答を考えておける。
「では、交換条件にしよう」
「交換条件?」
「お前がわたしの質問に答えたら、わたしもお前の質問に答える」
サイラスとの取引と、マスコミの前でまごついて醜態をさらすことを天秤にかける。どちらも積極的に選びたい選択肢ではなかったが、背に腹は代えられなかった。
「質問って?」
「はとこと何を企んでいるか、教えておいてほしいな」
「友達だって言っただろ」
「エリオット、アレクの主人が誰だか忘れたのか?」
「……ラスがキャロルより狡猾なのは忘れてたよ」
「なるほど。彼女に脅迫されたのか」
くそっ。
エリオットは唇を噛んで、まだにこにこしているサイラスを睨んだ。ほんの数分前までの殊勝さはどこへやら、すっかりいつものペースじゃないか。こう言う誘導に引っかかるから、自分はバカ正直だと叱られるのだ。
「そう睨むな」
アレクについては冗談だ、と両手を広げて肩をすくめる。
「侍従の人事に、わたしが介入することはない。が、何かしようとするなら、わたしを味方につけておいたほうが得だと思わないか?」
「おれの味方なの?」
「可愛い弟だからね」
よく言う。
エリオットはクッションの上で指先をいじった。
「キャロルとは『友達』だよ。積極的な否定はしないけど、勘違いするのは世間の勝手。それで彼女は望まない縁談をかわせて、おれもしばらく結婚相手を探さなくていい」
「なかなかの条件だな」
呆れられるだろうと覚悟していたけれど、サイラスの反応はいたってまじめだった。鼻の前で両手を合わせ、左右の親指に顎をのせてエリオットに視線を固定する。
「期間は?」
「ひとまず半年」
それまでにマクミランが手を引いてくれることを祈っているが、まだ相手の出方が見えない。まぁ、キャロルがウィーンで恋に落ちなければ、『遠距離恋愛』を続けてもいい。なんと言っても、こちらは恋人公認なのだ。
「ラス、時間ある?」
「あぁ。下で話そうか」
彼は一階の書斎にエリオットを招くと、待機していた巻き毛の侍従に、時間を見計らって迎えを寄こすように言付けた。
長椅子が二つ向き合う応接セットを素通りしたサイラスは、座り心地のよさそうな執務椅子に腰を下す。そのまま無言で、戸口に立つ弟を見つめた。
妙な間合いと沈黙にエリオットは戸惑い、そして気付く。
サイラスは、エリオットの言葉を待っているのだ。──出方を、と言ってもいい。
エドゥアルドが接近禁止命令を出したおかげで、「ふたりきりで」会うのは、事件後初めてだ。あの日サイラスは、冷たい液晶画面が並ぶ監視ルームで、エリオットの望むことをなんでも受け入れると約束している。さっそく魔法のランプをこすりに来たと、勘違いしていてもおかしくなかった。
べつに、たかりに来たわけじゃねーんだけど。
そもそもエリオットは、バッシュとの交際とカルバートンでの居住を認めさせたほかに、権利を行使するつもりはなかった。と言うより、あまり考えないようにしていた。余計なことまで、思い出してしまいそうだったから。
とにかく、サイラスに声をかけたのは、聞きたいことがあったからだ。それを示しておくべきだろう。
長椅子に腰かけながら、エリオットは話のきっかけを探した。
壁の本棚には、相変わらず本がたくさん詰まっている。前に見たときと、並んでいる背表紙の色味が違う気がするから、頻繁に入れ替えているらしい。壁には雪景色──でなければ画面いっぱいのココナッツポリッジ──を描いた油絵がかかっていた。部屋の角にはチェストがあって、白い書類整理箱とファイルが整然と並び、端っこにガラス製のチェスボードが飾られている。
エリオットの書斎も片付いてはいるが、あれはものが少ないだけ。この部屋は整然として機能的で、モデルルームみたいだ。
重厚な木製の机に置かれたいくつかの写真たてが、唯一の私的な空間の演出だ。エリオットはさらに視線をさまよわせる。そして、机の端に追いやられた固定電話に、床から生えたケーブルがしっかり刺さっているのを見つけた。
「……電話線、直したんだな」
予想外の指摘だったのか、サイラスの目が素直に電話へと流れる。そして苦笑いした。
「夕食の前にね。こうも貴族や議員たちがお前について聞きたがるとは、正直驚きだったかな」
「珍獣だから」
「その珍獣は、わたしをネタにいくら儲けたんだ?」
侍従のお遊びもよくご存じで。
「まだ確認してない。知りたいなら、あいつに聞いて」
「なるほど、胴元はアレクか」
「そこまでは知らないよ」
そうか、と言ったサイラスは、肘掛けに手をやって座り直した。エリオットの目的が「おねだり」ではないと察したらしい。
エリオットは手を伸ばし、ぱつぱつに膨らんだクッションを引き寄せると、膝の上に乗せた。
「コメントの原稿、もうできてる?」
「残念ながら、まだだ」
「じゃあ、概要でいいから教えて」
「なぜ?」
「ラスのこと聞かれたとき、用意しておかないと絶対に墓穴を掘るから」
「リスクマネジメントか。いい心がけだ」
慎重にと、バッシュにも言われた。
政治に関してエリオットは明るくないし、かと言ってノーコメントと言うわけにはいかない。コメントの準備があるなら、それに沿うような返答を考えておける。
「では、交換条件にしよう」
「交換条件?」
「お前がわたしの質問に答えたら、わたしもお前の質問に答える」
サイラスとの取引と、マスコミの前でまごついて醜態をさらすことを天秤にかける。どちらも積極的に選びたい選択肢ではなかったが、背に腹は代えられなかった。
「質問って?」
「はとこと何を企んでいるか、教えておいてほしいな」
「友達だって言っただろ」
「エリオット、アレクの主人が誰だか忘れたのか?」
「……ラスがキャロルより狡猾なのは忘れてたよ」
「なるほど。彼女に脅迫されたのか」
くそっ。
エリオットは唇を噛んで、まだにこにこしているサイラスを睨んだ。ほんの数分前までの殊勝さはどこへやら、すっかりいつものペースじゃないか。こう言う誘導に引っかかるから、自分はバカ正直だと叱られるのだ。
「そう睨むな」
アレクについては冗談だ、と両手を広げて肩をすくめる。
「侍従の人事に、わたしが介入することはない。が、何かしようとするなら、わたしを味方につけておいたほうが得だと思わないか?」
「おれの味方なの?」
「可愛い弟だからね」
よく言う。
エリオットはクッションの上で指先をいじった。
「キャロルとは『友達』だよ。積極的な否定はしないけど、勘違いするのは世間の勝手。それで彼女は望まない縁談をかわせて、おれもしばらく結婚相手を探さなくていい」
「なかなかの条件だな」
呆れられるだろうと覚悟していたけれど、サイラスの反応はいたってまじめだった。鼻の前で両手を合わせ、左右の親指に顎をのせてエリオットに視線を固定する。
「期間は?」
「ひとまず半年」
それまでにマクミランが手を引いてくれることを祈っているが、まだ相手の出方が見えない。まぁ、キャロルがウィーンで恋に落ちなければ、『遠距離恋愛』を続けてもいい。なんと言っても、こちらは恋人公認なのだ。
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