箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第三章

3.女神?

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 よく似た顔で笑い合う父子を呆れたように眺めたフェリシアは、もうひとりの息子に矛先を向けた。

「それであなたは? このあいだのランチのときには、何も言っていなかったけれど。キャロルと、真剣なお付き合いになりそうなの?」

 斜め前のミシェルからも、興味津々の視線を感じる。

「いい友達だよ」

 いまは、という言葉を、くたくたに煮込まれたトマトと一緒に飲み込む。

「『友達付き合い』を教わってるんだ」

 さすがに素っ気なさすぎるかと、少し考えてそれらしい理由を付け加えた。

 あからさまではないものの、ちょっと残念そうな空気になる。

 自分の家族のいいところは、こうやってエリオットを「普通」に扱ってくれるところだよな、と半ば逃避気味に考えた。過剰に心配されたり、腫れ物に触るようなことはごめんだと強がりたいエリオットには、一見、空気を読まないように感じる彼らの気遣いこそありがたかった。

 しかしどれほど理解があろうと、ここで秘密の契約について話そうとは思わない。両親がバッシュとの関係を知らない以上、エリオットがキャロルの恋人を演じることは納得されないはずだ。

 だったら家族にくらい、バッシュと付き合っていると言っておけと?

 それこそ、困ったことになる。フェリシアは喜んでくれるかもしれないけれど、エドゥアルドはそれに加え、バッシュに対して「ふさわしい」態度を示すよう、スタッフに求めかねない。百パーセントの善意で。

 本末転倒だ。バッシュが気まずい思いをすることになったら、なぜエリオットがキャロルの提案をのんだか分からない。

 恋人になるかもしれないが、ならなくても関係が壊れない間柄、と言う相手だとキャロルを示しておくこと。ナサニエルの言葉ではないが、自分たちの平穏を守るために、エリオットができるのはそんなところだ。

「エリオット」
「はい」
「交友関係を広げるのはいいことだ。しかし、国民はまだお前を知らない」

 生後一日のおくるみ姿から、初等学校の入学式の記念写真まで知っていれば十分じゃないか、とはもちろん言わない。国民から愛される、チャーミングな王子になるためには、それだけではとうてい足りないのだ。

「できる限りで構わないから、外に出る努力を始めるといい」
「……はい」
「そうだな、たとえば……」
「エドやわたしの公務に、同行するとかね」

 保護者つきでお試し公務ってか?

 ふたりが目配せするので、いくら鈍いエリオットでも、両親が事前に打ち合わせていたのが丸分かりだった。

「あー……」

 エリオットは手の中でスプーンを回転させながら、返事を引き伸ばして対面の兄夫婦へ「助けて」と口パクで訴えた。

「おふたりとも、規模の大きい行事が多いでしょう? エリオットには、まだ荷が勝ちすぎるのではありません?」

 ありがとうミリー。女神だな。

「初心者向けから始めさせた方がいいですよ。子どもとか動物とか、難しいことを抜きにした相手から」

 もっと言い方あるだろ。

 しかし、ふたりが同じ意見だったことで、両親も考えを改めたらしい。フェリシアが「たしかにそうね」と頷いて、エリオットは危機が去ったことに安堵した。

 ところが、相手もさるもの。

「そうだわミリー、あなた『リバーハウス』へ行くと言っていたわね?」
「えぇ、来週」
「ちょうどいいわ」

 フェリシアのブルーグリーンの瞳が、明るい光を灯してエリオットを映す。

「エリオット、ミリーと一緒に行って来てはどう?」

 ぱっとミシェルの表情が輝く。

「いいですね! エリオットなら大歓迎よ」

 今度はこっちでタッグを組まれてしまった。我が家の勢力図は秒単位で変わって行く。

 こうなると、いくら助けを求めても父と兄は「諦めろ」という目で頷くばかりだ。エリオットは常識的に、急に予定が変わった場合の先方への迷惑を主張したが、ミシェルに「確認してみるわ」と力強く請け負われて終わった。

 そうじゃない。

 女神はじつに気まぐれだった。
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