箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第ニ章

13.通過儀礼

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『レディ・キャロルとのデートはどうだった?』

 まだ時間に余裕があるのか、バッシュはさらに話をつなげた。

「もうタジタジ。女の人のツボって難しいんだよ」
『花をあげて優しくする。ベイカーの教えじゃないのか』
「それはアニーに笑って欲しかったからだ」
『……』

 あ、照れた。

 ふふん、と鼻を鳴らして、エリオットは雑誌などをかき分けスマートフォンを置いたテーブルまで這って行った。両手を天板にかけて、その上に顎をのせる。

「あんたさ、小さいころの夢ってなんだった?」
『夢?』
「大人に、『大きくなったら何になりたい?』って聞かれて、なんて答えたかってこと」

 少し考える間があって、『スパイダーマン』とバッシュ。

『コスチュームのパーカーを買ってもらって、ずっと着てたな』
「フードがマスクになってるやつ?」
『そう。ポーズを決めた写真が山のように残ってる。いまでも両親の思い出話で、一番に出て来る話題だ』
「めっちゃ見たい。今度見せて」
『ああ、送ってもらっておく。お前は、なんて答えたんだ?』
「ハリーポッター」
『魔法が使いたかったのか?』
「そんなんじゃない」

 エリオットは自嘲した。

 ほうきに乗りたかったわけでも、悪の帝王と戦いたかったわけでもない。

「透明マントがほしかったんだ」

 だから、木の枝を振り回して呪文を叫ぶことなんてしないで、ブランケットを被って歩いていた。

「ラスが、手書きでハウスの地図を作ってさ、『これがあれば、どこにいるか分かるよ』って」

 ブランケットを被っている間は、侍従たちも見えないふりをしてくれた。エリオットを見つけられるのは、地図を持つ家族だけ。優しいごっこあそびだ。

 エリオットにとって不幸だったのは、夢を語る自由があったことだろう。

 なにかの集まりで、どこぞの貴族から「殿下は、将来なにになりたいですか?」と優し気に聞かれた。人から隠れられるマントが使えるから、魔法使いになりたい、と答えて失笑を買い、「王子らしくない」「積極性のない」「変わり者」のレッテルを張られてしまった。

「いま思えば、なんて答えても笑われてたと思うんだけどさ」
『……サイラスさまが以前、仰ったことがある。将来の夢を聞かれて、返すべき答えがある自分は幸運だと』
「そりゃな。『父のような立派な王になります』と言われたら、だれも笑えない」

 それが幸せかどうかは別にして

「キャロルがさ、笑われた夢を叶えたいって言ってた。たぶん、似たような経験してるんだ」
『彼女も王族だからな』

 いやな通過儀礼だ。

 たぶん、だれも本気にしなかったのだ。王族が趣味やお遊びではなく、自分の身につけた技術でプロになるなんて。

「それだけ意志が強いキャロルが、家の不利益にならないように選べる道が、おれだったんだなってのは分かった」
『仲間意識か?』
「群は助け合わないとな」
『あれは草食動物じゃないだろう』
「相手が象なら、踏みつぶされる前に警告するね」
『まあな。ちょっと待て。──なんだって?』

 だれかに呼ばれたのか、バッシュの声が遠ざかった。

『悪い、切るぞ』

 電話口に戻って来たバッシュが、早口で言う。

「トラブル?」

 にしては、声が愉快そうだ。

『サイラスさまがオフィスの電話線を、「誤って」抜いてしまったらしい。しばらく不通になる連絡を、各所にしなきゃならない』
「よっしゃ」

 エリオットは片手を突き上げる。

「一日くらい断線させとくと思うぞ。おれならそうする」
『お前、サイラスさまのこと案外よく分かってるよな』
「ふてぶてしいって思うことに、遠慮がないだけだろ」

 きょうは木曜だ。あした一日だけ配線の異常だとか適当に言いわけしておけば、土日は電話を取らなくてもいい。それくらいのことはやりそうだ。

『言えてる。掛け金を巻き上げたら送金する。電子口座くらい持ってるだろう?』
「生活用品を通販に頼ってたやつ相手になに言ってんだよ。あとで送金先のID送っとく」
『分かった。じゃあまた』
「うん」

 くれぐれも慎重に、と小言を忘れずに、バッシュが線で繋がっていない電話を切った。

 エリオットはテーブルにぺったりと頬をつけ、ブラックアウトしたスマートフォンの画面を指先で撫でる。

 電話は楽だ。相手との距離を気にしなくていいし、さも興味深げに頷いて見せなくていい。でも、バッシュとの会話は別。

 声だけじゃなくて、体温も伝わればいいのに。

 エリオットより二度近く高い熱を感じられたら、肩に頭を預けて話している気分になれる。それか、あの硬いひざに寝転がりながら。
 近くで眺めるバッシュの太い首と上下する喉が、ヴァンパイアでなくても歯を立てたくなるほどセクシーなのを思い出した。

 おかしなことかもしれないが、接触に対する願望と恐怖は、エリオットの中で同時に存在している。とくにバッシュに対しては、「怖いから触れてほしくない」ではなく「怖くていいから触れてほしい」という矛盾もいいところの厄介な状態だ。
 その針がいつ「怖い」に振り切れるか分からないから、エリオットが悲鳴を上げて逃げ出してからこちら、バッシュはとても慎重になっている。キスをするときも、触れるのは唇だけ。あくまで軽いやつだ。とても紳士的。でもそれだけじゃ足りない。

 自分で拒否しておいて、欲求不満かよ。

 エリオットはため息をついた。

 気にしないふりをしながら、互いに距離をはかりかねている。エリオットも怖いのだ。もしまた彼に触れようとして、駄目だったらと思うと。
 ろくに触れさせもしない恋人など、いつか愛想を尽かされたらどうしよう。

「他人事だったら、おれだって思うもんな」

 十年も前のこと、まだ引きずってバカじゃないかって。

 暗澹たる気分で、「パレード」を摘まみ上げる。

 ──ロイヤルベビーは絶望的か。

 ああ、絶望的だとも。悪かったな。

 立場などをいったん脇に置けば、医療の手を借りて体外受精と言う手もあるけれど、そうではなく。エリオットが望むのは、メディアが書き立てる次のロイヤルウェディングでも子どもでもない。好きな相手にキスをして、隙間なんてないくらいに抱きしめ、体全部を飲みこむような快感を分け合いたいだけだ。

 が、言うは易し、行うは難し。
 現実は、自分の体ひとつ思い通りにならない。

「アニーに触りたい……」

 ごろりと床に転がって、エリオットは呟いた。
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