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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第ニ章
4.それぞれの事情
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「……キャロル、その提案には乗れない」
エリオットの言葉に、キャロルは胸のあたりまである髪を苛立たし気に梳いた。その指先で口元を撫でる。
「どうして? 悪くない提案じゃない。わたしと『円満に別れる』までは、あなただって周囲からのアプローチをかわせるんだから」
「おれは、不実なことをしたくないんだ」
「わたしから持ち掛けた話なのに?」
「きみに対してじゃない。悪いけど」
言葉の意味を考えるように閉じたキャロルの赤い唇が、双眸と一緒に驚きをのせて開く。その口から決定的な言葉が出るより先に、エリオットはくぎを刺した。
「これは、交渉材料じゃない。利用するなら相応の覚悟をして」
「……公表できない相手なのね? でなければ、あんなバカげた記事を書かせないために、婚約くらいしておくはずだもの」
「ノーコメント」
バッシュと付き合っていることを知っているのは、両手の指で事足りる程度の人物だけで、両親にさえ伝えていない。
この先も側にいると、決めているからこその事情と言うものがあるのだ。もしふたりが真剣な交際だと発表したら、将来の義兄に侍従として仕えるバッシュの扱いに周囲は困惑するだろう。誇りを持っている仕事で、居心地の悪い思いをしてほしくはなかった。それに万が一、マスコミにバレたら? いままでサイラスに向いていたカメラが、すべてバッシュに牙を剥く。侍従はいわば黒子だ。注目されては仕事にならない。
そして、エリオットの都合もある。
「今回のことを否定したとしても、同じような話はずっとあなたに付きまとうのよ。どんな行事に出ても、一分話をしただけで、年ごろや家柄の釣り合う相手なら結婚相手、そうでない相手なら恋人と取りざたされる」
エリオットとバッシュが恋人として過ごせるのは、侍従とごくわずかなスタッフに守られたこのカルバートン宮殿だけ。外へ出れば彼女の言う通り、王子を射止めようと矢をつがえる兵団を相手に笑顔を振りまかなければならないのだ。
「あなたに大事な人がいるのは分かった。でも、だったらなおさらよ。これから行く先々で噂を立てられるより、何もないと分かっているわたしなら、逆に安心だと思わない? だって──」
「キャロル」
畳みかけるキャロルが勢いあまって胸倉を掴んでこないうちに、エリオットは片手で制した。
さすがに、二度目はイェオリが許してくれないだろうが。
「乗れないと言ったのは、おれの独断ではってこと」
前のめりになっていたキャロルが、居住まいを正してスカートのすそを整える。ほっそりした足を膝ではなくふくらはぎのあたりで組む、母や義姉と同じ座り方だ。
「おれにも立場があるし、大事にしたいものがある。だから悪いけど、なにひとつ確約はできない」
「えぇ」
「でも、きみの話も分かったから、時間がほしい」
「そうね」
「夜には連絡する」
それでいい? と尋ねるエリオットから、それ以上の答えを引き出せないと悟ったようだ。ここで強硬な態度を取れば、すべて聞かなかったことにして追い出されるかもしれないことは、キャロルも十分に分かっているだろう。渋々ながらも了承した。
エリオットの言葉に、キャロルは胸のあたりまである髪を苛立たし気に梳いた。その指先で口元を撫でる。
「どうして? 悪くない提案じゃない。わたしと『円満に別れる』までは、あなただって周囲からのアプローチをかわせるんだから」
「おれは、不実なことをしたくないんだ」
「わたしから持ち掛けた話なのに?」
「きみに対してじゃない。悪いけど」
言葉の意味を考えるように閉じたキャロルの赤い唇が、双眸と一緒に驚きをのせて開く。その口から決定的な言葉が出るより先に、エリオットはくぎを刺した。
「これは、交渉材料じゃない。利用するなら相応の覚悟をして」
「……公表できない相手なのね? でなければ、あんなバカげた記事を書かせないために、婚約くらいしておくはずだもの」
「ノーコメント」
バッシュと付き合っていることを知っているのは、両手の指で事足りる程度の人物だけで、両親にさえ伝えていない。
この先も側にいると、決めているからこその事情と言うものがあるのだ。もしふたりが真剣な交際だと発表したら、将来の義兄に侍従として仕えるバッシュの扱いに周囲は困惑するだろう。誇りを持っている仕事で、居心地の悪い思いをしてほしくはなかった。それに万が一、マスコミにバレたら? いままでサイラスに向いていたカメラが、すべてバッシュに牙を剥く。侍従はいわば黒子だ。注目されては仕事にならない。
そして、エリオットの都合もある。
「今回のことを否定したとしても、同じような話はずっとあなたに付きまとうのよ。どんな行事に出ても、一分話をしただけで、年ごろや家柄の釣り合う相手なら結婚相手、そうでない相手なら恋人と取りざたされる」
エリオットとバッシュが恋人として過ごせるのは、侍従とごくわずかなスタッフに守られたこのカルバートン宮殿だけ。外へ出れば彼女の言う通り、王子を射止めようと矢をつがえる兵団を相手に笑顔を振りまかなければならないのだ。
「あなたに大事な人がいるのは分かった。でも、だったらなおさらよ。これから行く先々で噂を立てられるより、何もないと分かっているわたしなら、逆に安心だと思わない? だって──」
「キャロル」
畳みかけるキャロルが勢いあまって胸倉を掴んでこないうちに、エリオットは片手で制した。
さすがに、二度目はイェオリが許してくれないだろうが。
「乗れないと言ったのは、おれの独断ではってこと」
前のめりになっていたキャロルが、居住まいを正してスカートのすそを整える。ほっそりした足を膝ではなくふくらはぎのあたりで組む、母や義姉と同じ座り方だ。
「おれにも立場があるし、大事にしたいものがある。だから悪いけど、なにひとつ確約はできない」
「えぇ」
「でも、きみの話も分かったから、時間がほしい」
「そうね」
「夜には連絡する」
それでいい? と尋ねるエリオットから、それ以上の答えを引き出せないと悟ったようだ。ここで強硬な態度を取れば、すべて聞かなかったことにして追い出されるかもしれないことは、キャロルも十分に分かっているだろう。渋々ながらも了承した。
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