箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第ニ章

3.妙な流れになってきた

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「ダニー……ダニエル・マクミランを知ってる?」

 キャロルが角砂糖をひとつ、カップに落とす。白い立方体が琥珀色に染まって溶け去るまで考えたあと、エリオットは口を開いた。

「マクミラン侯爵の……長男?」
「次男」
「そうだった」

 どうしたものか。

 キャロルが第二王子を脅迫する気概のある女性だと言うことは分かったが、本気だとしたらいかにもお粗末ではないか。いまエリオットが席を立てば、侍従たちに屋敷を追い出されて交渉どころではない。けれど彼女の目には、浅慮などかけらもなかった。

「そのマクミラン家の次男と、おれとキャロルが付き合うことに、なんの関係が? 迫られて恋人役がほしいとか、ドラマみたいな話があるわけじゃ……」

 まさか?

「そうなのか?」

 声を落としたエリオットに、キャロルは頷きで答えた。

 おいおい、勘弁してくれ。

「きっぱり断るわけには?」
「いかないの。マクミランは、バジェットが持つファンドのメインパトロンだから」

 エリオットは目を閉じて唸る。同情だ。彼女と同じく、価値を買われる側の人間としての。

「……そう言う場合、訴える場所があったよな? ほら……なんだっけ、ロダス」
「はい、殿下」

 ひらひら手を振ると、頼れる侍従はすぐに教えてくれる。

「貴族会に属する家柄の婚姻に係る規定に照らせば、バジェットさまは望まない結婚を強要されているとして、委員会に諮問することが可能です。人権委員であれば、顧問の弁護士を招くこともできます」
「それだ。不当な扱いを貴族会に訴えると脅せば、マクミランだって考えるんじゃないのか」

 貴族会は、名前の通り爵位を持つ貴族たちが属する組織だ。貴族が持ちうる権利や義務などを規定した、通称「貴族法」に従うよう相互監視を行い、貴族同士のもめごとの仲裁や、諮問機関としての役割を果たしていた。

 名目上は有志による運営となっているが、ここに属していないと国が編纂する貴族名鑑に載らないし、社交場へのお呼びもかからない。だからだれも下手なことをして、貴族会から除籍されるような憂き目には遭いたくないはずだった。

「なら、本当に諮問委員会が開かれたら、あなたはこの話を却下してくれるの?」
「おれ?」

 なんで?

 意味が分からなくてロダスを見ると、なぜだか彼のほうが驚いた顔をしていた。

「おれ、なにか聞き逃してる?」
「現在、貴族会の各委員ともに、委員長はヘインズ公爵となっております」

 ……うそだろ?

「待って。おれ、一回も呼ばれてなくない?」
「委員長はほぼ名誉職ですので、委員の意見が割れたときや、重要な議題がのぼるときにしか出席を求められません。ヘインズ公爵が委員長に選出されて二年ほどになりますが、まさか殿下はご存じでは……」

 ありませんとも。

 つまりなにか、貴族どもはエリオットが引きこもっているのをいいことに委員長を名前だけの空席にし、委員長の出席が必要のない程度になあなあな活動しかしていないと、そう言うことか。

 仕事しろよ! いや、元ニートのおれが言えたことじゃないけどさ。

「べつに、公式に交際宣言をしてと言ってるんじゃないの」

 キャロルは言った。

「ただ数回、わたしと食事をするか、外出してくれたら、世間は勝手にわたしたちが付き合ってることにしてくれる。うそをついたことにはならないでしょ」
「立ち話をしただけで、ロマンスが始まったくらいだし?」
「わたしと『恋人』になってくれるか、そうでなければ委員会でマクミランが不当だと言う答申をすると、確約がほしい。それがわたしのお願い」

 手を伸ばし、エリオットはぬるくなったお茶を飲む。

 いままで蚊帳の外だった委員会に突然出て行って、キャロルの味方をする?
 論外だ。それこそ、なにかあると宣言しているようなもの。下手をすると、こちらの外堀が完全に埋まる。

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