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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第ニ章

1.招かざる訪問者

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「向こうの両親も一緒?」

 裏口に近い厨房で水道を借り、手を洗いながらエリオットは尋ねた。非常時に必要なのは、まず情報収集だ。前線へ告ぐ、敵の数と装備を報告せよ。

「運転手以外に付き添いはなく、おひとりです」
「ひとり?」

 両手からつるりと逃げ出した石けんが、流しの中を滑って行く。排水溝の手前でローズマリーの香りがする楕円の塊を捕まえて、エリオットは順番待ちするバッシュに投げ渡した。

「バジェット家から、コメントは?」
「いまのところ、確認できておりません」
「まさか、正面から乗り込んできたとかじゃないだろうな」

 渦中の人物が堂々とエリオットに会いに来たと、表に群がるメディア関係者に知られたらと思うとぞっとする。

「いえ、裏からです。ケータリング業者の車でおいでになり、予定がないので止めたところ、守衛の詰め所からご本人が直々に、内線にてエリオットさまへの面会を要望されました。わたくしの判断でお通しし、イェオリが応対中でございます」
「ケータリング?」
「貴族がよく使う手だ」

 答えたバッシュが水道で泡を流して、壁にかかったタオルで手をふいた。

「大手ケータリング会社の車なら、どこの屋敷に出入りしてもおかしくないだろう。会社も、上客の『お願い』には多少の便宜を図ることがある」

 買収かよ。

 信用問題になるから、実際に便宜を図るかの判断はシビアだろうけど。

 しかし傍系とは言え、王族がスパイのまねごととは。そのうち、グランドピアノに隠れて国境でも越えるんじゃないのか。

「どう思う?」
「本人から直接聞くしかないだろうな」
「一緒に……は、無理か」

 そばにいてくれたら心強いが、王太子の侍従が同席する理由がない。

「どんな用件で来たにせよ、イェオリとロダスがいるんだ。取って食われはしないだろう」

 くそ、他人事だと思って。

 のんきに言うバッシュの靴の先を蹴飛ばして、エリオットはポケットから貝殻の小瓶を取り出した。

「おれの部屋に置いといて。あとから行く」
「了解」

 差し出された手のひらに小瓶を落とすと、エリオットは厨房から廊下に出る。バッシュへ一礼し、ロダスもそれに続いた。

 廊下からホールを抜けるまでに、水で冷やされた両手で頬を揉みつつ「ラス、ラス、ラス……」と唱える。エリオットは『外交』のとき、よき王子として振る舞うために、サイラスの真似をすることにしている。中身にとんでもない難があるのが最近発覚した兄だが、少なくとも公の場で見せる姿は、パーフェクト・プリンスという見出しでVOGUEの表紙を飾ったほどだ。これ以上の手本はない。

 それに、演じていると思えば、相手との間に膜みたいなものを作れる。そうやって自分を一歩外側──あるいは内側──に置くことで、過剰なプレッシャーを受け取らないようにするのだ。

 板チョコレートのような扉の前で深呼吸して、エリオットはロダスに扉を開けるよう合図した。
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