箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
303 / 334
番外編 重ねる日々

おそととおうち

しおりを挟む
「殿下、おやつですよ」
「や!」

 強く拒否されたロダスが、肩を落として同僚を振り返った。しかしベイカーもフランツも、すでにテレビの番組やぬいぐるみで釣ろうとして失敗している。

 我らが王子は、長椅子の裏に隠れてご機嫌ななめだ。

 フェリシア王妃と絵本の展覧会に出かけたのだが、ギャラリーからスマホや大砲のように大きなカメラを向けられたのが怖かったようだ。ハウスに帰って来て安心したものの、怯えは不機嫌に転嫁されている。

 しばらくそっとしておこうか、それとも──と思ったところで、戸口にフェリシアが現れた。

 侍従たちの様子から、また息子が秘密基地に籠城しているのを察したフェリシアは、長椅子の背もたれから向こうを覗き込む。

「あらあら、子熊ちゃんがいるのかしら」
「……いお、くまじゃないもん」
「まぁ、子熊ちゃんかと思ったらエリオットだったのね。こっちへいらっしゃい」

 やはり母親は特別らしい。取り付く島もなかったエリオットは、もぞもぞと這い出して来ると、椅子に座るフェリシアの膝によじ登って、ぎゅっと抱き着いた。

「ママ」
「なぁに?」
「おそとのひとは、どうしてみんな、いおのお写真するの?」
「そうねぇ」

 フェリシアが、エリオットの柔らか髪を撫でる。

「ベイカーも、あなたのお写真を撮るでしょう? どうしてだと思う?」
「ベーカーはぁ、ママとパパにどうぞするんでしょ?」
「そうよ。パパとママはいつも、あなたがどうしてるか知りたいの。サイラスのこともそう。そしてね、お外にいるひとたちもそうなの」
「どうして?」
「シルヴァーナのひとたちにとって、あなたは家族だから」
「かぞく?」

 エリオットは目を丸くすると、フェリシアの胸に手を突っ張って仰け反る。精いっぱいの驚きを表しているらしい。

 最近ようやくベイカーのカメラにピースができるようになった王子にとって、いきなり国民は家族だといわれても理解が追い付かないのは当たり前だ。

 しかしフェリシアのお腹にいるときから見守り、無事の誕生を喜び、日々の成長を感じるベイカーとしては、彼女の言葉に深く頷いてしまう。

 細い眉をかわいらしく寄せ、唇を尖らせて考え込んだエリオットは、やがてこういった。

「おそとのひとは、おうちにいないよ。いおと、ごはんも一緒しないでしょ?」

 王子は意外と理屈っぽい。

「あら」

 フェリシアの瞬きも愉快そうだった。

 小さな頭で考えた家族の定義は、同じ家に住んで食事を共にすることのようだ。

 幼児の理屈としては百点を差し上げたいところだが、彼の母君はなかなか容赦がない。

「でもエリオット? ヘインズのおじいちゃまも、このお家にはいないわよ?」
「じーじ……」

 難問だ。たしかに祖父であるヘインズ公爵は、頻繁な行き来はあるもののハウスに同居しているわけではないから、エリオットの定義では家族でないことになってしまう。

 ぺしょっと萎れたエリオットを、フェリシアは膝の上で抱え直した。

「一緒のお家にいなくても、一緒にご飯を食べなくても家族なの。お外のひとたちは、パパやママのようにはいつもあなたと一緒にいられないから、お写真を側に置いておきたいのよ」
「んー……」

 ぽん、ぽんと背中を叩くフェリシアの言葉を聞きながら親指を噛んでいた幼子は、疲れたのかうとうとし始める。

 ブルーグリーンの瞳がまぶたに覆われる寸前、ぽつりとエリオットがいった。

「……いお、おそとこわい」
「大丈夫よ。ママもパパもサイラスも、あなたを守るわ」

 一瞬だけ痛ましげな表情をよぎらせたフェリシアは、力の抜けた小さな体を強く抱きしめる。

「陛下」

 親子の側に寄り添うと、フェリシアがひとつ息を吸ってベイカーにほほ笑んだ。

「難しい子で、ごめんなさいね」
「いいえ陛下」

 ベイカーはきっぱりと否定した。

「おそれながら、我々は殿下をお任せいただいたことを誇りに思っております」

 フランツとロダスも大きく頷く。

 たしかにエリオットは怖がりで繊細で、大人の物差しでいうところの「難しい子」かもしれない。しかしそれは、彼が劣っているということではないのだ。決して。

「殿下にとって、世界は大きな波のようなものかもしれません。陛下が殿下を守られるならば、我々は喜んでその列に加わりましょう」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...