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番外編 重ねる日々

かえでの手

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かえでの手


 たくさんの子どもたちがいる箱庭は得意でなくとも、家族と限られたスタッフしかいないプライベートなハウスの裏庭なら、内気で人見知りな王子もいつもより活動的だ。

 庭師が集めた落ち葉の山にダイブし、噴水のふちから手を突っ込んで水草をちぎり、樫の幹に座らせてもらって転がり落ちそうになる。おともしているロダスを時折ハラハラさせるものの、年相応のやんちゃぶりは、見ていて微笑ましい。

「あ、ラス」

 ニットとコーデュロイのオーバーオールのおかげで、丸々としたシルエットになっているエリオットが、兄王子を見つけて走り出す。

 学校から帰ったところだったのか、制服にリュックサックを背負ったサイラスは、車寄せで足を止めた。

「ラス、ラス、みて」

 ぱたぱたと駆け寄ったエリオットは、しゃがんで視線を合わせるサイラスに両手を突き出した。

「かえで!」
「へぇ、よく知ってるね」
「ロダスがおしえてくれたんだよ」
「そう。部屋に飾るの?」
「ううん。こっちがママで、こっちはパパにあげるの」

 エリオットが小さな両手に一枚ずつ持っているのは、真っ赤に紅葉した楓の葉。

 道すがら拾って、だいじに持ち帰って来たのだ。

 目の前にかざされた落ち葉を見ていたサイラスが、いたずらっぽく笑って弟に尋ねる。

「ぼくには?」
「えっ……」
「ぼくにはくれないの?」
「ラスの……」

 エリオットはくりくりした目をいっぱいに見開いて、あたりを見回す。

 しかし残念ながら、ハウスの車寄せはきれいに掃き清められて落ち葉のひとつも見当たらない。ましてエリオットが見つけた、葉の先まで破れも虫食いもなく、夕焼けのように真っ赤に染まった楓の葉をもう一枚など。

 ロダスは、先ほどとは別の意味でハラハラした。

 おっとりしている弟王子とは反対に、サイラスは幼いころから末は博士か大臣か──国王陛下だが──といわれるほどの明晰ぶりを発揮している。兄弟仲がいいのは確かだけれど、たまにこうして年の離れた弟をからかうのだ。

「ラス……ラスはね……」
「うん」

 エリオットは落ち着きなく体を前後に揺らしていたが、やがてなにか思いついたらしい。右手に持っていた落ち葉をもぞもぞと左手に移し、空いたそれをサイラスの顔の前に開いて見せる。

「いお、いおのおてて、かえでみたいだからね、ラスにみせてあげる」
「……そうかぁ」

 反応を楽しむようなサイラスの笑みが崩れて、心からのものに変わる。

 その表情もまた、じつに少年らしい柔らかなものだった。

「じゃあ、なくしたら大変だから、しっかり持っていようかな」

 立ち上がったサイラスが、楓によく似たエリオットの手を握る。
 手を繋いで玄関のステップをあがる兄弟の背中を、それぞれの侍従がゆっくりと追った。
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