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番外編 重ねる日々

執事見習いは見た

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 通用口にある守衛の詰め所へ、郵便物を受け取りに行った帰り道のこと。屋敷から続く木立の中に、エリオットがいた。

 散歩か。

 クレイヴが毎朝、詰め所と屋敷を往復するのと同じく、朝食前に庭を散歩するのがエリオットの日課だ。

 母譲りの透き通るような銀灰色の髪は、わずかな木漏れ日にもきらきらと輝いて、見つけるとつい目で追ってしまう。
 あまりにも澄んだ瞳と、角のないやや幼げな顔立ちも相まって、メディアがこぞって「天使」と報道したのもよく分かる。聖堂のステンドグラスなんて背景まであれば、なおのこと。

 うんうんと頷きながら歩き出そうとしたクレイヴは、勢いよく首を回してエリオットを二度見した。正確にいえば、彼の隣を。

「バッシュ……?」

 いまいち人定に自信がなかったのは、いつものジャケットやベストではなくポロシャツ姿だったからだ。

 しかし肩より胸で風を切って行くような雰囲気は、フットマン時代──とはいえほんの一ヶ月ほど前──にときおり見かけた、王宮侍従のアレクシア・バッシュに間違いない。

 そういえば、引継ぎの日報に夜間の来訪者として名前が記載されていた。さらに思い返せば、数日前にも姿を見た気がする。
 ここに越したばかりのエリオットに、不便がないかの御用聞きだろうか。

 クレイヴが聞いたバッシュの評判は、「偉そうだけど面倒見がいい」という褒めているんだか貶しているんだか分からないものだった。みんなが口をそろえていうから、その一貫したブレなさが面白いな、とは思っていたけど。

 私服で王子の散歩に付き合うほど親しいとは知らなかった。

「まぁ、王子さまにだって気の合う友達のひとりやふたり……」

 バッシュがなにか話しかけ、身長差のあるエリオットが少し見上げるようにする。

 ちょっと距離近くない?

 王子に仕えるにあたって、手の届く範囲には近付かないこと、とクレイヴはベイカーから厳命されている。
 それなのにバッシュは、ごく自然にエリオットの背中へ手を添えた。そして顔を近付け──。

「……うぇーぃ?」



 ◇◇◇



「ベイカー!」

 バタン! と音を立てて扉を閉めると、すぐさま「やり直し」と衝立の向こうからベイカーのダメ出しが飛んで来た。「そんな場合じゃない!」といいたいけれど、筆頭侍従は妥協しないし笑顔で詰められるのは怖い。

 クレイヴは地団駄を踏みたい気持ちを押し殺して、入室からやり直す。

「お尋ねしたいことがあるんですが、よろしいですか」
「どうぞ」

 許可が出たので、クレイヴはベイカーのブースを囲む衝立に飛びついた。

「どうして殿下が付き合ってる相手のことを教えてくれなかったんですか!?」

 午前のミーティングでエリオットに渡す書類の順番を確認していたベイカーは、下から覗き込むようにしてクレイヴを見た。特に驚いたり慌てたりする様子もないから、自分が見たものはなにも不思議なことではなかったらしい。

 つまりあれは、間違いなく恋人としてのキス!

「殿下には決まったお相手がおいでだと、伝えていませんでした?」
「聞きましたよ。聞きましたけど! そんなの、許婚の貴族のお嬢さんだと思うじゃないですか! それが、まさかの、バッシュ!」
「あなたは事前の質問事項で、『いかなる差別にも与しない』と答えているはずですが」

 そうじゃなくて!

「知らないうちに妹が自分の親友と付き合ってたら驚くでしょうって話ですよ!」
「……なるほど」

 以外にも同意を示したベイカーは、ぱさりと何枚かの紙片を机の隅に置き、椅子を回してクレイヴに向き合った。

「しかしクレイヴ、バッシュはあなたの親友ではないし、殿下はあなたの妹でもない。そうであれば、あなたの仕事になにか差し障りが?」

 ぱちぱちと瞬きをする。

 いわれてみれば。

「……ないですね」
「それはなによりです」
「いやいやいや」

 机に戻ろうとしたベイカーの椅子を掴んで動きを止め、四分の一回転戻して膝を突き合わせる。

「ほかにだれが知ってるんです? そこはっきりさせてもらわないと、怖すぎる情報なんですけどコレ」

 もちろんマスコミに漏らしたりはしないけど、スタッフとか侍従たちとか、知ってると思って喋った相手がなにも知らなかったら、クレイヴの首が飛ぶ。

「わたくしどもは、この屋敷の中でのみバッシュを『旦那さま』とお呼びします」
「ここのスタッフしか知らないんですか!」
「サイラスさまと侍従長以外では」

 あ、よかった。──よかった?

「いやそれ、王太子殿下にとっては弟と自分の侍従が付き合ってるってことになるじゃないですか」

 だからクレイヴのたとえに納得したのか。

 よく許したよ。

 しかしバッシュも、よく王子さまなんてトンデモな相手を狩りに行ったものだ。

 未成年と付き合ってる自分もアレだが、数年我慢すればティムは成人する。でもエリオットは、待っていても王子でなくなるわけじゃないだろうに。

「クレイヴ」
「はい」
「恐れ多いことですが、わたくしは殿下のお幸せを一番に願っております」
「そうですね」
「バッシュは殿下の『お幸せ』の一部なのですよ」

 分かったら仕事に戻ってください。

 こんどこそ椅子を回したベイカーにいわれて、クレイヴは両肩をすくめる。

 驚きはしたものの、たしかに家族でも友人でもない相手がだれと付き合っていても、きょうの仕事もあしたの仕事も何も変わらない。王子が侍従と──まして同性同士で──愛し合ったって、世界が崩壊したりしないのは歴史が証明している。

 小さな木漏れ日の下に咲いた微笑みを思い出す。

 ふわりとこぼれる喜びは遠目にも明らかで、焼きたてのパンの匂いを嗅いだときや、虹を見つけたときに似た気持ちになった。

 あれが「幸せ」かぁ、と手にしたままだった郵便物をめくりながら、ふとブースを振り返る。

「ところでベイカー、わたしが受け入れられなかったら、どうするつもりだったんです?」
「そうですねぇ」

 衝立の向こうから、のんびりとした声が返って来る。

「恋人の牧場を手伝うのも悪くないと思いますよ」

 流刑じゃん!
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