箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
290 / 334
番外編 重ねる日々

雨の庭(Twitter小話8)

しおりを挟む

 玄関前で車を停めると、ちょうど屋敷から出て来たイェオリがドアを開けてくれた。

「お帰りなさいませ、旦那さま」
「ただいま」
「お車の鍵とお荷物をお預かりします」
「荷物くらい自分で運ぶよ」

 助手席に載せたバッグには、どうせ着替えくらいしか入っていない。しかしイェオリは笑顔で首を振り、後ろ手に持っていた傘を差し出した。

「代わりに、エリオットさまをお迎えに行っていただけますか」

 バッシュは糸のような雨が落ちる空を見上げた。

「散歩か?」
「三十分ほどまえに、おひとりで。雨が止むか、エリオットさまがお帰りになるかとようすを見ていたのですが、どちらも気配がありませんので」





 庭へ出ると、雨の粒はさらに細くなった。水滴が木の葉や地面を叩く音すらしない、静かな雨。
 しかしこれくらいなら、バッシュも傘はささない。おそらくシルヴァーナ人のほとんどがそうだろう。日本人はどんな小雨でも傘を使うほど几帳面なのか、それともイェオリが過保護なのか。

 傘を下げたまま歩いていると、さほど奥まで行かないうちにエリオットを見つけた。
 カーキ色のマウンテンパーカーと長靴で石畳の端にしゃがみ込んでいる後ろ姿は、まるで子どものようだ。
 バッシュはようやく傘を広げ、水気を吸ってしっとりしたシルバーグレイの頭にさしかけた。

 ぱっと振り向いたエリオットの顔が、驚きから素直な喜び、そして照れへと変化する。

 ──あぁ、うん。仕事終わりにこれは効くな。

「なに見てるんだ?」
「カエル」
「……そんな真剣に見るようなものか?」
「しっぽついてんだよ」
「マジか」

 隣にしゃがんで、エリオットが指さす葉の上を見ると、黄緑色のカエルが手足を縮めてくっついていた。その尻には、たしかにまだおたまじゃくしのしっぽが残っている。

「すごいな」
「な。カエルになりたて」

 いや、お前が。といいかけてやめる。

 自分だったら、カエルの存在にすら気付かず通り過ぎてしまうだろう。エリオットが見ている世界の豊かさへの驚きと、それをひとつの傘の下で共有できる喜びを、もう少しだけ自分の中でひとり占めしたかった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

処理中です...