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番外編 重ねる日々
雨の庭(Twitter小話8)
しおりを挟む玄関前で車を停めると、ちょうど屋敷から出て来たイェオリがドアを開けてくれた。
「お帰りなさいませ、旦那さま」
「ただいま」
「お車の鍵とお荷物をお預かりします」
「荷物くらい自分で運ぶよ」
助手席に載せたバッグには、どうせ着替えくらいしか入っていない。しかしイェオリは笑顔で首を振り、後ろ手に持っていた傘を差し出した。
「代わりに、エリオットさまをお迎えに行っていただけますか」
バッシュは糸のような雨が落ちる空を見上げた。
「散歩か?」
「三十分ほどまえに、おひとりで。雨が止むか、エリオットさまがお帰りになるかとようすを見ていたのですが、どちらも気配がありませんので」
◇
庭へ出ると、雨の粒はさらに細くなった。水滴が木の葉や地面を叩く音すらしない、静かな雨。
しかしこれくらいなら、バッシュも傘はささない。おそらくシルヴァーナ人のほとんどがそうだろう。日本人はどんな小雨でも傘を使うほど几帳面なのか、それともイェオリが過保護なのか。
傘を下げたまま歩いていると、さほど奥まで行かないうちにエリオットを見つけた。
カーキ色のマウンテンパーカーと長靴で石畳の端にしゃがみ込んでいる後ろ姿は、まるで子どものようだ。
バッシュはようやく傘を広げ、水気を吸ってしっとりしたシルバーグレイの頭にさしかけた。
ぱっと振り向いたエリオットの顔が、驚きから素直な喜び、そして照れへと変化する。
──あぁ、うん。仕事終わりにこれは効くな。
「なに見てるんだ?」
「カエル」
「……そんな真剣に見るようなものか?」
「しっぽついてんだよ」
「マジか」
隣にしゃがんで、エリオットが指さす葉の上を見ると、黄緑色のカエルが手足を縮めてくっついていた。その尻には、たしかにまだおたまじゃくしのしっぽが残っている。
「すごいな」
「な。カエルになりたて」
いや、お前が。といいかけてやめる。
自分だったら、カエルの存在にすら気付かず通り過ぎてしまうだろう。エリオットが見ている世界の豊かさへの驚きと、それをひとつの傘の下で共有できる喜びを、もう少しだけ自分の中でひとり占めしたかった。
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