箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
137 / 334
番外編 綿あめの思慕

綿あめの思慕1

しおりを挟む
「バッシュ」

 準夜勤の定時まで、あと十分と言うところで名前を呼ばれ顔を上げれば、上司である侍従長のジョージ・スペンサーが指先で招いている。
 チェックしていた写真の使用申請書に電子サインを入れ、手早く筆頭侍従あてに送ると、バッシュは事務所の奥にあるジョージのブースへ向かった。

「お待たせしました」

 ベストのボタンを留めながらデスクの前に立つと、ジョージは監督生のような目でバッシュの全身を見た。事務所内でベストを緩めるくらいは許容範囲のはずだが。
 バッシュがすまし顔でいると、机上にあった封筒を差し出される。

「これをベイカーへ。殿下のご署名が必要な書類だ」
「お預かりします」

 この場合の『殿下』はバッシュが仕える王太子ではなく、弟の第二王子を指す。現在、第二王子は離宮に居住しているため、データ以外で必要なものの行き来は互いの侍従が担っている。なかでもバッシュがメッセンジャーに選ばれるのが多いのには、もちろん理由があった。

「殿下のご様子はお変わりないか?」
「はい。離宮へ移られてすぐ軽い風邪を召されたようですが、現在は回復されておいでです」
「なにかあれば、すぐ報告を。ベイカーにもそう伝えてくれ」
「承知いたしました」

 うなずくと、軽く手を振って退出を許可された。

 ブースを出て扉を閉めると、意図せずため息が出る。
 ジョージとの付き合いは、バッシュが王宮に就職したときのメンターだったことに始まる。当時の彼は宮殿のフットマンを監督する立場にいて、仕事への姿勢や知識など、幅広く薫陶を受けた。
 それから十年ほど。バッシュは王太子付きの侍従になり、ジョージも侍従長として王室に仕えている。ただし、ふたりの関係にはここひと月ほど、若干の溝があった。
 仕事に差し支えるような不和とまではいかないこのやりづらさは、互いに譲るつもりのない以上、時間が解決するのを待つしかない。

 間違っても封筒に折り目など付けないように気を付けて椅子に戻れば、先ほどの申請書が決裁済みで返信されてきていた。申請元の広報部に書類のデータを送り、急ぎのメールだけざっと流し見てから電源を落とす。
 黒いカバー付きのタブレットを鞄に入れたところで、バッシュと交代する夜勤担当の同僚が椅子を転がして来た。

「よう、お疲れ。きょうも定時退勤だな」
「カルバートンまでドライブだよ」
「あぁ、人気者はつらいねぇ」

 王太子の成婚の儀に関係して、バッシュが第二王子のもとへサポートに入っていたことは周知の事実で、同僚たちからはその縁がもとで離宮に出入りする伝達係に指名されたと思われている。

「なぁ、来週の夜勤なんだけど、また代ってくれないか」
「フレッド、悪いが他をあたってくれ」
「なんだ、前は自分から声かけてまで代ってたのに」
「サービス期間終了だよ」

 目を丸くする同僚に、頭を振って見せる。
 たしかに先月まで、バッシュはすすんで夜勤を引き受けていた。ただそれは気がかりな相手に電話をかけるための口実で、いまはもう必要ない。

「あ、さてはついに犬でも飼ったのか?」
「宿舎はペット禁止だ。忘れたのか?」
「じゃあまさか、恋人か? おいおい、どんな相手だ?」

 ばんばん背中を叩いて来る手をかわして、バッシュは車のキーと鞄を持って立ち上がった。

「さぁな。守秘義務の重要性は分かってるだろう?」
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...