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世話焼き侍従と訳あり王子 第九章

4-1 黒幕

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 騒ぎにはならなかった。
 少なくとも、その場では。

 バッシュが呼んだのは、数人の警護官とミシェルの侍女をひとり。警護官たちは事情も聞かないままヘクターを拘束し、意識のないままどこかへ運び出していった。晩餐会までに化粧と髪を直さなければならないので、ミシェルは侍女に任せる。

 残されたバッシュは、部屋を見回してエリオットに尋ねた。

「お前をひとりにして、ベイカーたちはなにしてる」
「ラスに貸してるんだよ。晩餐会の人手が足らないからって」

 エリオットは無残に破られたシャツを脱いで、ベイカーかイェオリが置いて行ってくれたものに着替える。いまさら、ぶつけた頭が痛みだして、指先で探ったらこぶができていた。

「人手が足らない? きょうのために一流ホテルからサービスを集めてるんだぞ。侍従を借り出すような不足はないだろう」
「知らないよ。ラスがそう言ったんだから、侍従長が作ったタイムテーブルにどっか穴でも……」

 あるわけなくない?

 パンツにシャツの裾を突っ込んで、エリオットはバッシュを見上げた。彼の怪訝そうな言い分は、侍従長への信頼に基づいている。

 外国の要人も参加する晩餐会。そこにフットマンでも臨時雇いのサービス係でもなく、上級職員の侍従がふたりもヘルプに出されるような人員の偏りがあれば、事前に計画自体見直されているはずだ。

 人員の配置に穴はない。では、どうしてふたりを借りたいなどと言ったのか。

「待って、なんか……」
「エリオット?」
「……ミリーが泣いてた」

 泣き虫ミリーが。

 それなのに、どうして一番にすっ飛んでくるはずの人物がいない?

 かっと頭に血がのぼって、エリオットは丸めたシャツを床に投げ捨てた。そして、壊れた扉に向かう。

「エリオット、どこへ行くんだ」

 数舜遅れて、バッシュが追いかけて来る。

「黒幕のところ」
「黒幕?」
「あのクソ兄貴だよ!」

 ああ、そうだ。あいつは「おおむね」善良だ。でもおれの兄だぞ。二面性の底がどこにあるかなんて、だれに分かる?

 廊下に飛び出したエリオットだったが、その行く手を遮るように、侍従がひとり立っていた。

 病院で見た覚えのある栗毛の侍従に驚いたのは、バッシュのほう。

「ジョージ、なぜここに」
「だれ?」
「侍従長です」

 あんたが、とつぶやくエリオットに、エドゥアルドより少し年かさに見える侍従長は、うやうやしく頭を下げた。

「ご無事でなによりです、殿下」
「どう言うことだ」

 エリオットより先に、バッシュが詰問する。

 いまこの場にいて、無関係なはずがない。以前、自分のあこがれだと言っていた相手だ。不審を抱くのは当たり前だろう。
 しかし侍従長は、足元に目を落としたまま、片手で廊下を示した。

「王太子殿下のもとへご案内いたします。お話は、そちらで」
「……分かった」

 問い詰めようとするバッシュを制して、エリオットは頷く。怒鳴りこんでくることを織り込み済みでワンクッション置いたなら、サイラスにはエリオットと話す気があると言うことだ。
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