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世話焼き侍従と訳あり王子 第九章
3-3 告解
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「エリオット……」
震える声で名前を呼ばれて、エリオットは慌ててバッシュの手を離した。
傷だらけの扉から、ミシェルが真っ青な顔で部屋を覗き込んでいる。
床に転がった椅子、床に倒れたままのヘクター、そして破られたシャツを引っ掛けてへたり込むエリオット。
「なんてこと……」
細い体を震わせて、ミシェルは両手で口を押えた。
「ミリー、なんで……」
「わたくしに異変をお知らせくださったのは、妃殿下です」
立ち上がったバッシュが上着を脱いで、エリオットの肩にかける。
「妃殿下、わたくしは人を呼びますので、殿下を」
「えぇ……」
ミシェルが頷くのを確認して、バッシュはベッドルームにある内線電話を掛けに行った。非常ベルもあるが、押したが最後、晩餐会が吹き飛ぶこと必至だ。
エリオットがバッシュの背中を見つめていると、白いワンピースの裾が視界のすみをかすめる。長い裾を床に投げ出して、ミシェルがエリオットの側に座ったのだ。
「ミリー、服が」
汚れる、と言おうとしたけれど、落ちて来たしずくに言葉を奪われた。
「ごめんなさい、わたし……」
「ミリー?」
ミシェルは泣いていた。子どものころのようにぽろぽろと涙をこぼし、鼻を真っ赤にして。化粧は大丈夫かとか、謝られる理由とかよりも、あぁ、懐かしいなとエリオットは思った。
泣き虫ミリーだ。
「ミリー、大丈夫だよ。おれはなんともないし、ヘクター卿がああなってるのは……自業自得と言うか、えっと……」
エリオットが説明しようとすると、ミシェルは何度も首を振った。
「わたし、見てたの」
あまりに強く振るので、髪に挿した飾りが飛ばないかとはらはらしていたエリオットは、彼女がなにを言ったのか分からなかった。
「なにを?」
「十年前、『あの部屋』から、叔父さまが出て来るのを、見たの……」
「……どう言うこと? なんで」
「殿下、落ち着いてください」
急きこむエリオットを、戻って来たバッシュが押し止めた。
「妃殿下、あなたはわたくしに、殿下がヘクター卿とご一緒なのが心配だから、ようすを見に伺うよう仰せになりました。殿下を害したのが彼だと、ご存じだったからですか?」
「いいえ――でも、そうよ」
何度かつっかえるように息をして、ミシェルはそう言った。
「あのとき、わたしは一緒に病院へ連れて行ってもらえなかったから、ここに残ったの。みんな殺気立ってて、とても怖かった。でもしばらくして、エリオットがいないって気付いたの。ラスが心配するから探さなないと……って思った」
「殿下を探していらっしゃるときに、彼を見たんですね?」
「ええ。『あの部屋』からひとりで出てきたところだったわ。エリオットを探してるって言ったら、『ここにはいないから、一緒に探そう』って、ハウスの中をあちこち探したの」
『あの部屋』がどこを指すのか、などと問うだけ愚かしい。
象の形をした金のドアノブを、エリオットは忘れたことがないのだから。
エリオットに乱暴したあと、ヘクターは何食わぬ顔でミシェルに嘘をついていた。
その厚顔さにめまいがする。
「エリオットがひどいことをされたのが、叔父さまが出て来た『あの部屋』だって、何年もあとで知って、怖くなったの。もしかしたらって。でも、本当にあのときエリオットはいなかったのかもしれない、わたしが恐ろしい想像をしているだけなんじゃないかって」
だから、ミシェルはヘクターが苦手だった。いや、怖かったのか。
「ごめんなさい。わたし、知ってたのに怖くて言えなかった。わたしがもっと早く訴えていたら、こんなひどい目に遭わなかったのに……」
「ミリー」
エリオットは手を伸ばして、細い肩を撫でた。顔を上げ、自分に触れているのが誰の手かに気付くと、ミシェルは信じられないと言うように瞬く。
耳元で揺れるダイヤモンドの耳飾り。フェリシアが好きなものをくれるの、と、あんなにワクワクして選んだのに。
「怖かったよな。でもミリーがバッシュを呼んでくれたから、間に合ったよ」
「ラスに教えなきゃって、でもいなくて……どうしようと思って」
「もう大丈夫だから」
きっと、ミシェルのせいじゃないと言ったところで、彼女の罪悪感は簡単になくならない。だから、終わったことだと伝えたかった。
実の叔父に強姦されたと言う事実はショックではあるけれど、当の本人を殴り続けたバッシュの怒りが凄まじくて、いまは感覚がマヒしている。
むしろ、結婚式の日にこんなことになって申し訳ないっつーか。
バッシュが呼んだ人たちが来るまで、エリオットは労りを込めてミシェルの肩を撫で続けた。
震える声で名前を呼ばれて、エリオットは慌ててバッシュの手を離した。
傷だらけの扉から、ミシェルが真っ青な顔で部屋を覗き込んでいる。
床に転がった椅子、床に倒れたままのヘクター、そして破られたシャツを引っ掛けてへたり込むエリオット。
「なんてこと……」
細い体を震わせて、ミシェルは両手で口を押えた。
「ミリー、なんで……」
「わたくしに異変をお知らせくださったのは、妃殿下です」
立ち上がったバッシュが上着を脱いで、エリオットの肩にかける。
「妃殿下、わたくしは人を呼びますので、殿下を」
「えぇ……」
ミシェルが頷くのを確認して、バッシュはベッドルームにある内線電話を掛けに行った。非常ベルもあるが、押したが最後、晩餐会が吹き飛ぶこと必至だ。
エリオットがバッシュの背中を見つめていると、白いワンピースの裾が視界のすみをかすめる。長い裾を床に投げ出して、ミシェルがエリオットの側に座ったのだ。
「ミリー、服が」
汚れる、と言おうとしたけれど、落ちて来たしずくに言葉を奪われた。
「ごめんなさい、わたし……」
「ミリー?」
ミシェルは泣いていた。子どものころのようにぽろぽろと涙をこぼし、鼻を真っ赤にして。化粧は大丈夫かとか、謝られる理由とかよりも、あぁ、懐かしいなとエリオットは思った。
泣き虫ミリーだ。
「ミリー、大丈夫だよ。おれはなんともないし、ヘクター卿がああなってるのは……自業自得と言うか、えっと……」
エリオットが説明しようとすると、ミシェルは何度も首を振った。
「わたし、見てたの」
あまりに強く振るので、髪に挿した飾りが飛ばないかとはらはらしていたエリオットは、彼女がなにを言ったのか分からなかった。
「なにを?」
「十年前、『あの部屋』から、叔父さまが出て来るのを、見たの……」
「……どう言うこと? なんで」
「殿下、落ち着いてください」
急きこむエリオットを、戻って来たバッシュが押し止めた。
「妃殿下、あなたはわたくしに、殿下がヘクター卿とご一緒なのが心配だから、ようすを見に伺うよう仰せになりました。殿下を害したのが彼だと、ご存じだったからですか?」
「いいえ――でも、そうよ」
何度かつっかえるように息をして、ミシェルはそう言った。
「あのとき、わたしは一緒に病院へ連れて行ってもらえなかったから、ここに残ったの。みんな殺気立ってて、とても怖かった。でもしばらくして、エリオットがいないって気付いたの。ラスが心配するから探さなないと……って思った」
「殿下を探していらっしゃるときに、彼を見たんですね?」
「ええ。『あの部屋』からひとりで出てきたところだったわ。エリオットを探してるって言ったら、『ここにはいないから、一緒に探そう』って、ハウスの中をあちこち探したの」
『あの部屋』がどこを指すのか、などと問うだけ愚かしい。
象の形をした金のドアノブを、エリオットは忘れたことがないのだから。
エリオットに乱暴したあと、ヘクターは何食わぬ顔でミシェルに嘘をついていた。
その厚顔さにめまいがする。
「エリオットがひどいことをされたのが、叔父さまが出て来た『あの部屋』だって、何年もあとで知って、怖くなったの。もしかしたらって。でも、本当にあのときエリオットはいなかったのかもしれない、わたしが恐ろしい想像をしているだけなんじゃないかって」
だから、ミシェルはヘクターが苦手だった。いや、怖かったのか。
「ごめんなさい。わたし、知ってたのに怖くて言えなかった。わたしがもっと早く訴えていたら、こんなひどい目に遭わなかったのに……」
「ミリー」
エリオットは手を伸ばして、細い肩を撫でた。顔を上げ、自分に触れているのが誰の手かに気付くと、ミシェルは信じられないと言うように瞬く。
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