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世話焼き侍従と訳あり王子 第九章
3-2 バッシュ(※)
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雷鳴のような轟音だった。
悲鳴を上げた直後、吹き飛ぶような勢いで開いた扉。飛び込んできたのは、まさにエリオットが助けを求めたバッシュで。
どこから持って来たのか、扉を破るのに使ったであろう椅子の脚を握り、肩で息をしていた彼は、状況が分かっていないかのように静かな表情で、もつれ合う二人の側まで歩いて来る。
けれど爆発は一瞬だった。
「このクソ野郎!」
一切の躊躇なく椅子を振り上げ、ヘクターを横なぎにする。
頬を張られたのとは比べ物にならない鈍い音がして、ヘクターがエリオットの上から吹き飛ばされた。
あまりの衝撃に恐怖を忘れ息をのむが、牙を剥き出しにしたバッシュはエリオットに背を向け、うめいているヘクターを蹴り上げる。そして、仰向けになったところにのしかかって、その顔を殴りつけた。何度も。
聞くに堪えない悲鳴と殴打する音が繰り返される。
ヒーローと言うより、獲物を食らい尽くそうとする猛獣だ。
「バッシュ、やめろ!」
必死に呼びかけても、バッシュは聞いてくれない。
殴るしか能のない人間が、全力で殴り続けたらどうなってしまうのか。
殺しちゃったらどうしよう。
いや傷害でも駄目だ。
「やめろって!」
硬く強ばる太い腕にしがみついた。
「放せ! こいつ殺してやる!」
「ダメだ! あんた出世したいんだろ! 侍従長が目標じゃねーのかよ! 捕まったらクビだぞ!」
触られるより、触るより、なによりバッシュが望まない立場に追い込まれるほうが怖かった。
「おれは大丈夫だから! もうやめろアニー!」
跳ね飛ばされそうになりながら何度も耳元で叫ぶと、バッシュはやっと掴んでいたヘクターの襟元を離す。
めちゃくちゃに殴られたヘクターの頭が、ゴトリと床に落ちた。とうに意識は飛んでいるらしい。
ふたり分の、忙しない呼吸だけが部屋に響く。
青筋が浮かぶ冴え冴えとした白い額に、乱れた髪が落ちている。そっと後ろへ撫でつけてやると、怒りで充血した目がエリオットを映し、子どもみたいにゆがんだ。
「もう気が済んだだろ? な?」
「けどお前が……」
「泣くなよ。なにもされてない。あんたが助けてくれたんだ」
汚れた手袋を剥ぎ取った指が差し伸べられ、エリオットに触れる直前で止まった。ようやく、触れないと約束したバッシュが戻って来たらしい。
「……殴られたのか」
「あんたが殴り返した」
「足りるわけないだろ」
「充分だよ」
エリオットは大きな手を取って、じんじんする頬に押し当てる。気持ち悪さも恐怖もない。柔らかく温かい感触に、そっと安堵の息をついた。
「充分だ」
悲鳴を上げた直後、吹き飛ぶような勢いで開いた扉。飛び込んできたのは、まさにエリオットが助けを求めたバッシュで。
どこから持って来たのか、扉を破るのに使ったであろう椅子の脚を握り、肩で息をしていた彼は、状況が分かっていないかのように静かな表情で、もつれ合う二人の側まで歩いて来る。
けれど爆発は一瞬だった。
「このクソ野郎!」
一切の躊躇なく椅子を振り上げ、ヘクターを横なぎにする。
頬を張られたのとは比べ物にならない鈍い音がして、ヘクターがエリオットの上から吹き飛ばされた。
あまりの衝撃に恐怖を忘れ息をのむが、牙を剥き出しにしたバッシュはエリオットに背を向け、うめいているヘクターを蹴り上げる。そして、仰向けになったところにのしかかって、その顔を殴りつけた。何度も。
聞くに堪えない悲鳴と殴打する音が繰り返される。
ヒーローと言うより、獲物を食らい尽くそうとする猛獣だ。
「バッシュ、やめろ!」
必死に呼びかけても、バッシュは聞いてくれない。
殴るしか能のない人間が、全力で殴り続けたらどうなってしまうのか。
殺しちゃったらどうしよう。
いや傷害でも駄目だ。
「やめろって!」
硬く強ばる太い腕にしがみついた。
「放せ! こいつ殺してやる!」
「ダメだ! あんた出世したいんだろ! 侍従長が目標じゃねーのかよ! 捕まったらクビだぞ!」
触られるより、触るより、なによりバッシュが望まない立場に追い込まれるほうが怖かった。
「おれは大丈夫だから! もうやめろアニー!」
跳ね飛ばされそうになりながら何度も耳元で叫ぶと、バッシュはやっと掴んでいたヘクターの襟元を離す。
めちゃくちゃに殴られたヘクターの頭が、ゴトリと床に落ちた。とうに意識は飛んでいるらしい。
ふたり分の、忙しない呼吸だけが部屋に響く。
青筋が浮かぶ冴え冴えとした白い額に、乱れた髪が落ちている。そっと後ろへ撫でつけてやると、怒りで充血した目がエリオットを映し、子どもみたいにゆがんだ。
「もう気が済んだだろ? な?」
「けどお前が……」
「泣くなよ。なにもされてない。あんたが助けてくれたんだ」
汚れた手袋を剥ぎ取った指が差し伸べられ、エリオットに触れる直前で止まった。ようやく、触れないと約束したバッシュが戻って来たらしい。
「……殴られたのか」
「あんたが殴り返した」
「足りるわけないだろ」
「充分だよ」
エリオットは大きな手を取って、じんじんする頬に押し当てる。気持ち悪さも恐怖もない。柔らかく温かい感触に、そっと安堵の息をついた。
「充分だ」
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