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世話焼き侍従と訳あり王子 第九章
2-1 あとは野となれ山となれ
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大聖堂にひしめき合う人の顔、ろうそくが揺れるシャンデリア、バルコニーへ出た瞬間の割れんばかりの歓声に、さんさんと降り注ぐ太陽。すべてが混ざり合って、頭をめちゃくちゃに揺さぶられているみたいだ。まだ洗濯機で回された方がましなくらい。
「人酔いですね。よく果たされました」
「かなり緊張もなさったでしょうし」
ベッドで半生半死になっているエリオットを、侍従たちが慰めた。
せっかく格好つけて見せたのに、台無しだ。
頭の上で交わされる会話、脱ぎ散らかした衣装を片付ける音さえも耳の中で反響して、エリオットはきつく目をつぶった。
緊張の糸は、ハウスへ帰り着いた瞬間に切れた。
気持ちの上ではもう一歩も動けないが、まさか抱えて行ってもらうわけにもいかず、へろへろになりながらなんとかゲストルームへたどり着いてこのザマだ。
「大丈夫か? エリオット」
唸っているところへ顔を出したのはヘクターだった。エリオットは気付かなかったが、王宮からは同じ車列でハウスへ戻っていたらしい。
甥っ子のへばり具合を見て、ヘクターは苦笑する。
「ありがとうございます。お疲れのご様子で」
ベイカーが答えた。
「そのようだな。晩餐会は出られそうか? 無理なら、わたしから陛下に口添えするが」
「お気遣いありがとうございます。晩餐会は欠席の予定でございます。事前に陛下にもお許しをいただいておりますので」
「そうか。なら、ゆっくり休むといい」
お気遣いどーも。
「……おれ、なんか失敗しませんでした?」
イェオリに差し出されたグラスの水を一気に飲み、エリオットは尋ねる。
「いや、立派なものだったよ」
「少々お顔は硬くていらっしゃいましたが、かえって厳粛な空気がございました」
「テレビ中継では、まさにステンドグラスの天使が祝福に舞い降りたと実況が」
「いますぐその映像買い取って破棄して」
「残念ながら、全国に放送済みだ」
エリオットの戯言に答えたのは、サイラス。
「早かったな、サイラス」
「えぇ。ヘクター卿はエリオットの見舞いに?」
「かなり頑張ったようだからな」
「そのようですね」
さすがにガウンは脱いでいたが、黒い詰襟のコートに赤いサッシュをつけたままゲストルームにやって来たサイラスは、まずヘクターと同じように苦笑した。
まったく次から次へ。
「……笑いに来たわけ?」
「まさか。礼を言いに来たんだよ」
「礼?」
「お前のおかげで、家族そろっての式になった。サプライズで国民も大喜びだ」
前半についてはその通りだが、後半については余計だ。
選帝侯として仰々しく紹介されたときのざわめき――どよめきか――を思い出して、エリオットはげんなりする。
王太子の結婚式を見に来たら消息不明の第二王子が出で来たのだ。突然のカミングアウトにも、スイッチを切り替えるように呼び名も扱いも変えられる侍従やメイドとは違い、選帝侯の紹介で『ヘインズ公爵エリオット王子』と聞いた参列者たちの驚きは、そのまま態度として現れていた。
「エリオットの名前が呼ばれたときの、参列者たちの顔は見ものだったな」
「後ろの方など、思わず立ち上がっていましたからね」
おかげで倒れそうだった。しかもへたに参列者のリストを頭に叩き込んでいたものだから、身を乗り出す人々の名前まで認識できてしまい、それが一層の緊張を生んだ。
逃げ出さずにすんだのは、バッシュがいたからだ。いまここで踏みとどまることしか、彼が与えてくれた時間に返せるものはない。そう思った。
結局、いい格好したくて頑張っただけかもしれないが。
「アレクは役に立ったようだな」
「うん」
「アレクと言うのは、ガウンを捌いていた侍従か?」
リハーサルのときにもいた? とヘクターが尋ねる。
「えぇ。エリオットのお気に入りで」
「違うから」
もうサイラスにはいろいろバレている気がするが、からかわれるのはごめんだ。
エリオットがもぞもぞ布団に潜り込むと、このあとも予定が詰まっているサイラスたちもようやく引き上げてくれる気になったらしい。
その際、サイラスがベイカーとイェオリを借りたいと言い出した。
「晩餐会のゲスト対応に、ひとりでも多く人員がほしい」
「ベイカーたちがよければ」
どうせエリオットはここで寝ているだけなので、好きにしてくれと言う気分だ。
「助かる。あとで、アレクを来させようか?」
「いらないから」
片付けを終えたら王宮へ、とベイカーたちに告げて、サイラスはヘクターとともにゲストルームを出て行った。
「ヘインズさま、応接間にお茶と軽食をご用意しておりますが、ご用がございましたらメイドをお呼びください」
「分かった」
「戸締りは確認してから参りますのでご安心を。お部屋の鍵は、わたくしがお預かりしてよろしゅうございますか?」
「ん」
ほかにもなにか言われた気がしたが、体力も気力も使い果たしたエリオットは適当に聞き流して目を閉じた。
「人酔いですね。よく果たされました」
「かなり緊張もなさったでしょうし」
ベッドで半生半死になっているエリオットを、侍従たちが慰めた。
せっかく格好つけて見せたのに、台無しだ。
頭の上で交わされる会話、脱ぎ散らかした衣装を片付ける音さえも耳の中で反響して、エリオットはきつく目をつぶった。
緊張の糸は、ハウスへ帰り着いた瞬間に切れた。
気持ちの上ではもう一歩も動けないが、まさか抱えて行ってもらうわけにもいかず、へろへろになりながらなんとかゲストルームへたどり着いてこのザマだ。
「大丈夫か? エリオット」
唸っているところへ顔を出したのはヘクターだった。エリオットは気付かなかったが、王宮からは同じ車列でハウスへ戻っていたらしい。
甥っ子のへばり具合を見て、ヘクターは苦笑する。
「ありがとうございます。お疲れのご様子で」
ベイカーが答えた。
「そのようだな。晩餐会は出られそうか? 無理なら、わたしから陛下に口添えするが」
「お気遣いありがとうございます。晩餐会は欠席の予定でございます。事前に陛下にもお許しをいただいておりますので」
「そうか。なら、ゆっくり休むといい」
お気遣いどーも。
「……おれ、なんか失敗しませんでした?」
イェオリに差し出されたグラスの水を一気に飲み、エリオットは尋ねる。
「いや、立派なものだったよ」
「少々お顔は硬くていらっしゃいましたが、かえって厳粛な空気がございました」
「テレビ中継では、まさにステンドグラスの天使が祝福に舞い降りたと実況が」
「いますぐその映像買い取って破棄して」
「残念ながら、全国に放送済みだ」
エリオットの戯言に答えたのは、サイラス。
「早かったな、サイラス」
「えぇ。ヘクター卿はエリオットの見舞いに?」
「かなり頑張ったようだからな」
「そのようですね」
さすがにガウンは脱いでいたが、黒い詰襟のコートに赤いサッシュをつけたままゲストルームにやって来たサイラスは、まずヘクターと同じように苦笑した。
まったく次から次へ。
「……笑いに来たわけ?」
「まさか。礼を言いに来たんだよ」
「礼?」
「お前のおかげで、家族そろっての式になった。サプライズで国民も大喜びだ」
前半についてはその通りだが、後半については余計だ。
選帝侯として仰々しく紹介されたときのざわめき――どよめきか――を思い出して、エリオットはげんなりする。
王太子の結婚式を見に来たら消息不明の第二王子が出で来たのだ。突然のカミングアウトにも、スイッチを切り替えるように呼び名も扱いも変えられる侍従やメイドとは違い、選帝侯の紹介で『ヘインズ公爵エリオット王子』と聞いた参列者たちの驚きは、そのまま態度として現れていた。
「エリオットの名前が呼ばれたときの、参列者たちの顔は見ものだったな」
「後ろの方など、思わず立ち上がっていましたからね」
おかげで倒れそうだった。しかもへたに参列者のリストを頭に叩き込んでいたものだから、身を乗り出す人々の名前まで認識できてしまい、それが一層の緊張を生んだ。
逃げ出さずにすんだのは、バッシュがいたからだ。いまここで踏みとどまることしか、彼が与えてくれた時間に返せるものはない。そう思った。
結局、いい格好したくて頑張っただけかもしれないが。
「アレクは役に立ったようだな」
「うん」
「アレクと言うのは、ガウンを捌いていた侍従か?」
リハーサルのときにもいた? とヘクターが尋ねる。
「えぇ。エリオットのお気に入りで」
「違うから」
もうサイラスにはいろいろバレている気がするが、からかわれるのはごめんだ。
エリオットがもぞもぞ布団に潜り込むと、このあとも予定が詰まっているサイラスたちもようやく引き上げてくれる気になったらしい。
その際、サイラスがベイカーとイェオリを借りたいと言い出した。
「晩餐会のゲスト対応に、ひとりでも多く人員がほしい」
「ベイカーたちがよければ」
どうせエリオットはここで寝ているだけなので、好きにしてくれと言う気分だ。
「助かる。あとで、アレクを来させようか?」
「いらないから」
片付けを終えたら王宮へ、とベイカーたちに告げて、サイラスはヘクターとともにゲストルームを出て行った。
「ヘインズさま、応接間にお茶と軽食をご用意しておりますが、ご用がございましたらメイドをお呼びください」
「分かった」
「戸締りは確認してから参りますのでご安心を。お部屋の鍵は、わたくしがお預かりしてよろしゅうございますか?」
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