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世話焼き侍従と訳あり王子 第八章
6-4 ポタージュスープ(第八章 終)
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半日くらいは大人しくしていろ、と言うバッシュの忠告に従って、庭仕事の後は肘掛け椅子で映画を見てすごした。昼食も、デリバリーを頼んだタコスを片手間でつまむと言う怠惰っぷり。
本当に、友人同士の休日のようだ。
エリオットのDVDコレクションの中からバッシュが選んだのは、『ベイビードライバー』、『ブルーに生まれついて』それから『サウンドオブミュージック』。情緒のジェットコースターだ。好きなものを選べと言った手前、文句は出さなかったけれど。
歌は下手なのに、音楽がいい作品は好きらしい。バッシュはいつもの椅子ではなく、クッションを敷いた床に座って映画を見ていた。いろいろな面で評価の高い男だが、鑑賞中によけいなおしゃべりをしないと言う点においてもそうだと言うことを、エリオットは頭の片隅に書き加える。
三本目のエンドロールまでしっかり見て、厄介なことを思い出したのは、バッシュに呼ばれて夕食のテーブルについたとき。
「あ、マズい」
なかば無意識な呟きだったのに、それでなぜだかバッシュが立ち上がり、目の前からスープを下げようとするので、エリオットは慌てて左手で皿のふちを掴んだ。
「なんで下げるの」
まだひと口しか食べてないのに。
驚いて見上げるが、バッシュこそ困惑顔だった。
「口に合わないんじゃないのか?」
「普通においしいけど?」
「いま、マズいって言っただろ」
「え? あ、違う違う。スープのことじゃない」
だから返せ。
アスパラガスの冷製ポタージュを取り返すと、エリオットは「座れ」と右手に持ったスプーンで椅子を指す。
「人が作ったもんに、面と向かって文句言うかよ。そうじゃなくて、ちょっと……ヤバい、かもしれないことを思い出して」
「話してみろ」
バッシュはエリオットの狼狽を、頷きひとつで無効化した。
「最初は公爵として選帝侯をやるつもりだったから、大伯母さんのサロンで、何人かにヘインズ公爵だって挨拶してるんだ。言いわけを考えないと」
あれは、マーガレットとヘインズ公爵の親密さをアピールすることで、親戚である王太子との関係が深いことを、間接的に貴族連中へ印象付けるための策だった。しかし王子として彼らの前に立つなら、公爵だと名乗ったことを弁解しなければならない。
エリオットが話しながらハドックのソテーをつつくと、バッシュはたいして困った様子も見せずグラスの水をあおった。
「それくらいなら、どうとでもなる」
「具体的に」
「たとえば、あすの夜にベイカーから電話をかけさせる。『社交界に不慣れな王子のため、公務復帰の前に近しい方をお招きした。事前にうわさが広まっては王子の負担になるので、本来の身分は伏せていた。平にご容赦願いたい』とでも吹き込んでおけばいい」
こっちから、わざわざ『騙してごめん』って言うってこと?
「それ、なんか意味あるのか?」
「エリオット王子が復帰すれば大騒ぎだろう。そんな中で、サロンに呼ばれなかった連中から『知っていたか?』と聞かれて、『ああ、知っていたよ。実は……』と優越感たっぷりに答えられるチャンスだぞ。だれも騙されたとは思わない」
「うわー」
「このタイミングだから使える手だな」
少し考えて、エリオットは尋ねた。
「直前まで伏せてるのが、リアリティあるってこと?」
「その通り」
「……侍従って、みんなそんなに腹黒いわけ?」
「腹芸のひとつできなくて、貴族社会は生きていけないぞ」
「そんな社会で生きていきたくない。やっぱり家にいる」
「復帰早々、引きこもり宣言はやめろ」
「まだ復帰宣言してないからセーフ」
「おれが聞いてるからアウトだ」
いいんだよ、とバッシュが言った。
「お前はそのままで。いらん気を回すのが侍従の仕事だ。お前が、なにもかもひとりで対処する必要はない」
「オーケイ。じゃあ『おれの侍従』に相談するよ」
バッシュが満足そうなのを確認して、エリオットは付け合わせのベイクドビーンズに意識を戻した。
◆◆◆
スーツをかけた衣装袋と、寝袋で膨らんだバッグを抱えたバッシュを玄関で見送ったあと、エリオットはリビングでスマートフォンを手に取った。
電話帳から番号を選び、タップする。
相手はきっちりワンコールで応答した。
『はい、殿下。ベイカーでございます』
「大至急フラットに持って来てもらいたいものがあるから、イェオリを呼び出して」
『承知いたしました』
「それから、ベイカーに相談があるんだけど、いいかな」
『もちろんでございます』
本当に、友人同士の休日のようだ。
エリオットのDVDコレクションの中からバッシュが選んだのは、『ベイビードライバー』、『ブルーに生まれついて』それから『サウンドオブミュージック』。情緒のジェットコースターだ。好きなものを選べと言った手前、文句は出さなかったけれど。
歌は下手なのに、音楽がいい作品は好きらしい。バッシュはいつもの椅子ではなく、クッションを敷いた床に座って映画を見ていた。いろいろな面で評価の高い男だが、鑑賞中によけいなおしゃべりをしないと言う点においてもそうだと言うことを、エリオットは頭の片隅に書き加える。
三本目のエンドロールまでしっかり見て、厄介なことを思い出したのは、バッシュに呼ばれて夕食のテーブルについたとき。
「あ、マズい」
なかば無意識な呟きだったのに、それでなぜだかバッシュが立ち上がり、目の前からスープを下げようとするので、エリオットは慌てて左手で皿のふちを掴んだ。
「なんで下げるの」
まだひと口しか食べてないのに。
驚いて見上げるが、バッシュこそ困惑顔だった。
「口に合わないんじゃないのか?」
「普通においしいけど?」
「いま、マズいって言っただろ」
「え? あ、違う違う。スープのことじゃない」
だから返せ。
アスパラガスの冷製ポタージュを取り返すと、エリオットは「座れ」と右手に持ったスプーンで椅子を指す。
「人が作ったもんに、面と向かって文句言うかよ。そうじゃなくて、ちょっと……ヤバい、かもしれないことを思い出して」
「話してみろ」
バッシュはエリオットの狼狽を、頷きひとつで無効化した。
「最初は公爵として選帝侯をやるつもりだったから、大伯母さんのサロンで、何人かにヘインズ公爵だって挨拶してるんだ。言いわけを考えないと」
あれは、マーガレットとヘインズ公爵の親密さをアピールすることで、親戚である王太子との関係が深いことを、間接的に貴族連中へ印象付けるための策だった。しかし王子として彼らの前に立つなら、公爵だと名乗ったことを弁解しなければならない。
エリオットが話しながらハドックのソテーをつつくと、バッシュはたいして困った様子も見せずグラスの水をあおった。
「それくらいなら、どうとでもなる」
「具体的に」
「たとえば、あすの夜にベイカーから電話をかけさせる。『社交界に不慣れな王子のため、公務復帰の前に近しい方をお招きした。事前にうわさが広まっては王子の負担になるので、本来の身分は伏せていた。平にご容赦願いたい』とでも吹き込んでおけばいい」
こっちから、わざわざ『騙してごめん』って言うってこと?
「それ、なんか意味あるのか?」
「エリオット王子が復帰すれば大騒ぎだろう。そんな中で、サロンに呼ばれなかった連中から『知っていたか?』と聞かれて、『ああ、知っていたよ。実は……』と優越感たっぷりに答えられるチャンスだぞ。だれも騙されたとは思わない」
「うわー」
「このタイミングだから使える手だな」
少し考えて、エリオットは尋ねた。
「直前まで伏せてるのが、リアリティあるってこと?」
「その通り」
「……侍従って、みんなそんなに腹黒いわけ?」
「腹芸のひとつできなくて、貴族社会は生きていけないぞ」
「そんな社会で生きていきたくない。やっぱり家にいる」
「復帰早々、引きこもり宣言はやめろ」
「まだ復帰宣言してないからセーフ」
「おれが聞いてるからアウトだ」
いいんだよ、とバッシュが言った。
「お前はそのままで。いらん気を回すのが侍従の仕事だ。お前が、なにもかもひとりで対処する必要はない」
「オーケイ。じゃあ『おれの侍従』に相談するよ」
バッシュが満足そうなのを確認して、エリオットは付け合わせのベイクドビーンズに意識を戻した。
◆◆◆
スーツをかけた衣装袋と、寝袋で膨らんだバッグを抱えたバッシュを玄関で見送ったあと、エリオットはリビングでスマートフォンを手に取った。
電話帳から番号を選び、タップする。
相手はきっちりワンコールで応答した。
『はい、殿下。ベイカーでございます』
「大至急フラットに持って来てもらいたいものがあるから、イェオリを呼び出して」
『承知いたしました』
「それから、ベイカーに相談があるんだけど、いいかな」
『もちろんでございます』
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