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世話焼き侍従と訳あり王子 第八章

6-2 話をしようか

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 二ヶ月前と同じように、ふたりは並んで花壇の土を掘り返した。
 まだ早い時間なのに、太陽を浴びるうなじがちりちりとしてくる。花はトレーいっぱいあるから、あまり時間をかけていると、半そでシャツからのびるバッシュの腕にも、くっきり日焼けのあとがついてしまいそうだ。

 暑くなってきたと感じた五月のおわりから、ジャケットを着て外を歩くと汗ばむ七月へ。思えばあっと言う間だった。
 宅配便と勘違いし、扉を開けてバッシュを見上げたときの自分に、お前は王宮へ行くんだぞと言っても信じなかったはずだ。もちろん家族と和解――と言っていいだろう――するとも、アニーが男だったとも、そしてバッシュを好きになるなんてことも。なにひとつ考えもしなかった。

 自分を取り巻く現実に背を向けて、フェンスに囲まれた小さな王国に閉じこもり、なんて能天気に暮らしていたのか。間違いなくクソニートだ。

 けれどバッシュは、この花園を無駄だとは言わなかった。エリオットが必要としているとき、いつだってそこにいた。眠れない夜にかかってくる、どうでもいい電話。そんな都合よく夜勤が回って来ることなんて、あるはずないのに。

 おれだって、気付いてるよ。
 あんたは、いつ気付いた?

「……あの記者の話し、信じてるわけじゃないだろ」
「ああ」
「知ってたんだな」
「知っていた。いや、気付いた、だな」

 日差しを反射する白い花弁を散らさないように、大きな手で株を植える。その手つきは、デファイリア・グレイの繊細さを知っているから、一段と丁寧だ。

「子どものころ、箱庭で慕ってくれたのがエリオット王子だったのは、ここであの話しをしたときすぐ確信してた。でもそのときにはまだ繋がらなくて、どうしてお前があんなに驚いて、こだわってたのかまでは分からなかった」
「なんで、あのときに聞かなったんだよ」
「聞く前に、お前がバカなことを言い出すからだろう」
「あれは……本心じゃなかった」

 じろりと横目で見つめられ、ぼそぼそと言いわけするエリオットに、「だろうな」とバッシュはそっけなく答えた。

「けど、本気でムカついた。お前が公爵でなかったら、胸倉掴んでぶん殴ってたな」
「暴力反対」

 いっそ殴ってほしいと考えたことなど忘れ、エリオットは肩をすくめる。

「落ち着いてからゆっくり話そうと思ったのに、お前が王宮に乗り込んでくるから、それどころじゃなくなるし」

 だいたいおれのせいじゃねーか。

「あのエリオット王子とお前が同一人物だなんて、夢にも思わなかった。ハウスに飾ってある写真のお前は、いつも殿下や両陛下の後ろに隠れていて、素直そうな銀髪のイメージしかなかったしな。お前のところに派遣されたときも、同じ名前だとは思ったけど、王や王子の名前にあやかることは珍しくない。玄関に出てきたのは、ダメ人間代表みたいな黒髪ジャージだし」

 悪かったな、ダメ人間って代表で。

「じゃあ、どこで気付いたんだよ」
「……フェリシア妃から、お茶に招かれただろ」
「あぁ、あんたも呼ばれてたっけ?」
「あのときだ」
「は?」

 うっかりなにか余計なことでも口にしたかと思ったが、バッシュは首を振った。

「自覚してないかもしれないが、お前、フェシリア王妃と並ぶとそっくりなんだよ。笑った顔が特に」
「えっ」
「その頭のせいで分かりづらいだけで、よく見てれば分かる」

 あんな早くから、第二王子とエリオットを結び付けていたのか。

「あれ、ケンカ売ってんのかと」
「そんなわけないだろう」
「だって、驚いてる顔してなかったじゃないか!」

 イェオリみたいにぽかーんとするとか、衝撃のあまりふらつくとか、そんな素振り一切なかった。それどころか、顔色ひとつ変えなかったくせに。

「あんなところで気付いたおれの身にもなれ。動揺を抑えるだけで精いっぱいだったぞ。陛下の前で息子指さして『お前か!』って叫ぶわけにいかないだろう」

 偽物の髪も、家族なのに他人のふりをしたくだらない芝居も、とっくに気付いていたのに、バッシュは知らないふりをしていたのか。

「なんで……」
「お前が、友人として対等でいてほしいって言って、おれがそうしたいと思ったから」

 ざくりと、移植ごてが土に刺さる。

「気付いてみれば、いろいろ納得がいった。殿下がお前を選帝侯に指名したのも、兄弟なら不思議じゃない。陛下が親しげだったのも、息子なら当然だ。離宮に行ったきり一度も王宮へ来なかった、忠誠心の塊みたいなベイカーが、あっさりお前の世話係を引き受けたのだって当たり前だよな。お前が主人なんだから」

 硬い声には、非難の色があった。

「おれはそんなに信用がなかったか?」

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