箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第八章

5-3 友情を語る最後の夜

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「そこで寝るつもりなのか?」

 シャワーを浴びて寝る支度を整えたエリオットは、ベッドの上から尋ねる。

 バッシュが車のトランクから降ろしていた荷物は、着替えなどの「お泊りセット」だったが、中でも一番容量を食っていたのが、雪中行軍にも対応できそうな寝袋だった。

 ベッドからせいいっぱい距離を取った壁際の硬い床に、慣れた手つきでもそもそとした生地を広げながら、バッシュは肩を上下させた。

「あなたを見張っているようにと殿下が仰せになったのは、急変した場合にすぐ病院へお連れするためですから」
「だから寝袋?」
「今晩、こちらへ泊ると殿下から聞いて、ベイカーが手配してくれました。仮眠するにしても、クッションは上等なほうがいいので。リビングにある、あなたの肘掛け椅子ほど座り心地はよくないでしょうが」

 寝床を整えたバッシュが、エリオットを見つめる。玄関扉の鍵を開けているときも、作り置きの食事を温めて二人で食べているときも、とにかく顔を上げればヒスイカズラの目がそこにあった。エリオットが突然、泡を吹いて倒れないか確認しているのだ。医者の診断は確かなようで、いまのところめまいひとつ感じないが。

 そもそも、フラットの階段は一階分を途中で折り返しているから、エリオットが転がり落ちたのもせいぜい五、六段くらいなものだった。逆に、よくこの段数で気絶したなと自分に感心したくらいだ。

「あさっては朝から忙しいんだろ。ちゃんと寝たほうがいいんじゃないのか」
「あすの夜には失礼して、自分のベッドで寝ますのでご心配なく。……もしお嫌でしたら、扉さえ開けておいてくだされば廊下におります」
「……侍従ってのは、どうしてみんなして同じようなこと言うんだよ。ストレス耐性高すぎじゃないか?」
「みな、ある程度の訓練は受けております」
「三歳児のかんしゃくにも動じない訓練とか?」

 いや、自分を三歳児だと言っているわけではないぞ。断じて。

「いいよ、そこにいて」

 毛布とシーツの間にもぐり、エリオットはあくびをする。睡眠導入剤を飲んだせいだ。病院で半日近く寝こけたくせに、ここしばらくの慢性的な寝不足は解消されなかったし、せめてきょうとあすは悪夢に飛び起きるなんてこともしたくなかったから、痛み止めの代わりに処方してもらったのだ。

 本人が近くにいるからか、目を閉じると箱庭で見た夢が思い出された。半分アニーで半分バッシュの、へんてこな夢。

「うたたねしてたら、あんたが夢に出て来た。子どもみたいなふわふわの髪してるくせに、おれのこと『お前』って言うんだ。笑えるだろ」
「本当に夢ですか?」
「ああ、あんたが妙に優しかったから」
「間違いないですね」

 重たい瞼を上げると、バッシュの瞳がエリオットを映した。その自制的な冷たさに、こちらの胸もひやりと凍りそうになる。

 あんな、口の中で溶けるファッジみたいに甘くしてほしいなんて思っていない。でもせめて、素のバッシュと話がしたかった。

「……なあ。あしたまでは、『友人』でいてくれないか」

 薄い唇が何度か動いた後、バッシュはだいぶ崩れた髪に手を入れ、乱暴にかき上げた。
 それは命令かと彼に尋ねられれば、引き下がっただろう。バッシュがそうしないのは、エリオットが「あした話そう」と言ったせいだ。決定的な言葉を先送りにしているから、バッシュを宙ぶらりんのまま悩ませている。

 やがて、うなずきとともにバッシュが応じた。

「……いいだろう。どうせ、あす一日は仕事じゃないしな」

 よかった。まだ友情は継続中らしい。
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