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世話焼き侍従と訳あり王子 第八章
5-2 今しばらくの猶予を
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救急車を呼んだ上に運び込まれたのが私立病院だったため、処方薬も含めそこそこの額を請求された。
シルヴァーナ政府が税収で運営する医療保険は、建前上は収入額に関係なく全国民が対象となっているが、王室メンバーや貴族は加入せず全額自己負担が基本なのだ。
財布を持っていなかったエリオットの代わりに、バッシュが立て替えてくれる。
エントランスを出てすぐ、サイラスの言いつけ通りフェリシアに電話をしていると、見慣れたワゴンが車寄せに止まる。運転席から降りて来たのはベイカーで、エリオットがフェリシアをなだめすかして電話を切るまで、バッシュと真剣な顔で話しこんでいた。
シートに沈み込んでベルトを締めたエリオットは、助手席に乗り込んだバッシュに「あした話そう」と言った。とにかく疲れていて、互いに休息が必要だった。こんどは逃げないから、と付け足せば、それまで張り詰めていたバッシュがようやく苦笑する。
街はあさってのお祭り騒ぎに向けてあちこちで通行規制が始まっていて、遠回りさせられたわりにフラットの前は車どおりが少なかった。おかげでラッシュの時間にも関わらず、入り口まで数十メートルのところに駐車スペースが見つかった。
「あさっての朝、イェオリがお迎えに上がります」
「うん」
バッシュがトランクのハッチを開け、なにやらごそごそとしているあいだに、ベイカーがエリオットを呼び止めて告げた。
「バッシュには伝えてございますが、フラットのそばに警護を配置しております。お目に留まることはないでしょうが、記者がひとりとは限りませんので用心のために」
思わず辺りを見回してしまったが、それらしい人物は見当たらなかった。しかしいると言うなら、もし不審者がうろつきでもしたら、即座に大捕りものが始まるのだろう。
「ここは王宮並みに安全ってことか」
それでもって、王宮並みに監視されていると言うわけだ。
エリオットの住まいなど家族と宅配業者しか知らなかったのに、バッシュ、ベイカー、イェオリに続き、顔も知らない警護官まで。週末はホームパーティーだな。最高。
「殿下のご命令で、わたくしが手配いたしました」
エリオットの不興を買っても、ベイカーは辛抱強く、また穏やかだった。
「勝手をいたしましたこと、お許しください。御身をお守りするための手立てとあれば、否を申し上げることはできませんでした。わたくしはもう二度と、ヘインズさまのお労しいお姿を目にするのは耐えられません」
「あ……」
二度と、と強く噛み締めるように言われて思い出した。暗い小部屋に置き去りにされたエリオットを、最初に見つけたのはベイカーだったのだ。
エリオットは狭量を恥じて、足元に視線を落とす。ほんとうに、自分は周りが見えていない。
「ベイカー……」
なにか言わなければと思った。自身以上にエリオットを案じてくれる相手に、報いる言葉を。
「……許すよ」
「ありがとうございます」
「だからベイカーも、十年かかったおれを許して」
ベイカーの灰色がかった目が言葉の意味を問うように瞬いた。エリオットが頷くと、それは眩しそうに細くなり、目尻のシワが深く笑みを刻む。
「もちろんです、殿下」
とっくにハッチを閉めていたバッシュが、そこでようやく後部座席の扉を開けた。
シルヴァーナ政府が税収で運営する医療保険は、建前上は収入額に関係なく全国民が対象となっているが、王室メンバーや貴族は加入せず全額自己負担が基本なのだ。
財布を持っていなかったエリオットの代わりに、バッシュが立て替えてくれる。
エントランスを出てすぐ、サイラスの言いつけ通りフェリシアに電話をしていると、見慣れたワゴンが車寄せに止まる。運転席から降りて来たのはベイカーで、エリオットがフェリシアをなだめすかして電話を切るまで、バッシュと真剣な顔で話しこんでいた。
シートに沈み込んでベルトを締めたエリオットは、助手席に乗り込んだバッシュに「あした話そう」と言った。とにかく疲れていて、互いに休息が必要だった。こんどは逃げないから、と付け足せば、それまで張り詰めていたバッシュがようやく苦笑する。
街はあさってのお祭り騒ぎに向けてあちこちで通行規制が始まっていて、遠回りさせられたわりにフラットの前は車どおりが少なかった。おかげでラッシュの時間にも関わらず、入り口まで数十メートルのところに駐車スペースが見つかった。
「あさっての朝、イェオリがお迎えに上がります」
「うん」
バッシュがトランクのハッチを開け、なにやらごそごそとしているあいだに、ベイカーがエリオットを呼び止めて告げた。
「バッシュには伝えてございますが、フラットのそばに警護を配置しております。お目に留まることはないでしょうが、記者がひとりとは限りませんので用心のために」
思わず辺りを見回してしまったが、それらしい人物は見当たらなかった。しかしいると言うなら、もし不審者がうろつきでもしたら、即座に大捕りものが始まるのだろう。
「ここは王宮並みに安全ってことか」
それでもって、王宮並みに監視されていると言うわけだ。
エリオットの住まいなど家族と宅配業者しか知らなかったのに、バッシュ、ベイカー、イェオリに続き、顔も知らない警護官まで。週末はホームパーティーだな。最高。
「殿下のご命令で、わたくしが手配いたしました」
エリオットの不興を買っても、ベイカーは辛抱強く、また穏やかだった。
「勝手をいたしましたこと、お許しください。御身をお守りするための手立てとあれば、否を申し上げることはできませんでした。わたくしはもう二度と、ヘインズさまのお労しいお姿を目にするのは耐えられません」
「あ……」
二度と、と強く噛み締めるように言われて思い出した。暗い小部屋に置き去りにされたエリオットを、最初に見つけたのはベイカーだったのだ。
エリオットは狭量を恥じて、足元に視線を落とす。ほんとうに、自分は周りが見えていない。
「ベイカー……」
なにか言わなければと思った。自身以上にエリオットを案じてくれる相手に、報いる言葉を。
「……許すよ」
「ありがとうございます」
「だからベイカーも、十年かかったおれを許して」
ベイカーの灰色がかった目が言葉の意味を問うように瞬いた。エリオットが頷くと、それは眩しそうに細くなり、目尻のシワが深く笑みを刻む。
「もちろんです、殿下」
とっくにハッチを閉めていたバッシュが、そこでようやく後部座席の扉を開けた。
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