箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
119 / 334
世話焼き侍従と訳あり王子 第八章

5-2 今しばらくの猶予を

しおりを挟む
 救急車を呼んだ上に運び込まれたのが私立病院だったため、処方薬も含めそこそこの額を請求された。
 シルヴァーナ政府が税収で運営する医療保険は、建前上は収入額に関係なく全国民が対象となっているが、王室メンバーや貴族は加入せず全額自己負担が基本なのだ。
 財布を持っていなかったエリオットの代わりに、バッシュが立て替えてくれる。

 エントランスを出てすぐ、サイラスの言いつけ通りフェリシアに電話をしていると、見慣れたワゴンが車寄せに止まる。運転席から降りて来たのはベイカーで、エリオットがフェリシアをなだめすかして電話を切るまで、バッシュと真剣な顔で話しこんでいた。

 シートに沈み込んでベルトを締めたエリオットは、助手席に乗り込んだバッシュに「あした話そう」と言った。とにかく疲れていて、互いに休息が必要だった。こんどは逃げないから、と付け足せば、それまで張り詰めていたバッシュがようやく苦笑する。

 街はあさってのお祭り騒ぎに向けてあちこちで通行規制が始まっていて、遠回りさせられたわりにフラットの前は車どおりが少なかった。おかげでラッシュの時間にも関わらず、入り口まで数十メートルのところに駐車スペースが見つかった。

「あさっての朝、イェオリがお迎えに上がります」
「うん」

 バッシュがトランクのハッチを開け、なにやらごそごそとしているあいだに、ベイカーがエリオットを呼び止めて告げた。

「バッシュには伝えてございますが、フラットのそばに警護を配置しております。お目に留まることはないでしょうが、記者がひとりとは限りませんので用心のために」

 思わず辺りを見回してしまったが、それらしい人物は見当たらなかった。しかしいると言うなら、もし不審者がうろつきでもしたら、即座に大捕りものが始まるのだろう。

「ここは王宮並みに安全ってことか」

 それでもって、王宮並みに監視されていると言うわけだ。
 エリオットの住まいなど家族と宅配業者しか知らなかったのに、バッシュ、ベイカー、イェオリに続き、顔も知らない警護官まで。週末はホームパーティーだな。最高。

「殿下のご命令で、わたくしが手配いたしました」

 エリオットの不興を買っても、ベイカーは辛抱強く、また穏やかだった。

「勝手をいたしましたこと、お許しください。御身をお守りするための手立てとあれば、否を申し上げることはできませんでした。わたくしはもう二度と、ヘインズさまのお労しいお姿を目にするのは耐えられません」
「あ……」

 二度と、と強く噛み締めるように言われて思い出した。暗い小部屋に置き去りにされたエリオットを、最初に見つけたのはベイカーだったのだ。

 エリオットは狭量を恥じて、足元に視線を落とす。ほんとうに、自分は周りが見えていない。

「ベイカー……」

 なにか言わなければと思った。自身以上にエリオットを案じてくれる相手に、報いる言葉を。

「……許すよ」
「ありがとうございます」
「だからベイカーも、十年かかったおれを許して」

 ベイカーの灰色がかった目が言葉の意味を問うように瞬いた。エリオットが頷くと、それは眩しそうに細くなり、目尻のシワが深く笑みを刻む。

「もちろんです、殿下」

 とっくにハッチを閉めていたバッシュが、そこでようやく後部座席の扉を開けた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...