箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第八章

3-2 考えは変わるもので

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「きみは、外国で暮らすつもりはないのか?」
「あなたのように?」

 ヘクターは鷹揚に頷いた。

「ここだけの話し、王室は窮屈だ。国民の支持率はそれなりだが、外に出れば写真を撮られ、あることないこと書き立てられて世界に発信される。王族の生活は、プライバシーと言う基本的人権が欠如しているだろう? きみの療養についても、憶測で書かれたネットの記事はひどいものだ」
「精神障害じゃないかとか、じつは死んでるのを隠してるとか?」
「大いに同情するよ。しかし、わたしたちはそう言った者たちから距離を取ることができる。王位を継がない次男の特権だ。きみもそうすると言うなら、援助は惜しまないよ」
「そうですね……」

 やわらやかくなった鶏の肉を骨から外しながら、エリオットはあいまいに答えた。フェリシアとヘクターのことを話したとき、カナダあたりに移住するのもいいかもしれないと思いはした。けれどそれは個人の想像の範ちゅうであり、軽々しく口に出していいものかは吟味する必要がある。少なくとも、下町の食堂で世間話に乗せるたぐいのものではなかった。

「お気遣いはありがたいですが、いまのところ国を離れるつもりはありません」
「そうか。もしかして、大事な相手でもいるのかな」

 明らかにからかわれている。エリオットは「まあ、そんなところです」と受け流しておいた。

 カメラが追いかけてこない外国での暮らしは気楽だろうが、そこにはたしかにバッシュはいない。いっそ告白して派手にフラれでもしてしまえば、遠く離れたくなるかもしれないけれど、そんな勇気もないいまは、すれ違うだけでもいいから顔が見られる場所にいたかった。

 やっぱり、ここがいまのベターなんだよな。

「ヘクター卿は、どなたかと一緒なんですか?」
「残念ながら、長いこと片思いでね」

 いい年した大人と「片思い」と言う語感のミスマッチさに、エリオットは思わず噴き出した。

「ままならないものだよ、ほんとうに」



◆◆◆


「ヘインズさま、ひとつよろしいでしょうか」

 フラットへの帰り道、ワゴンを運転するイェオリがやけに真剣な顔でそう言うので、膨れた腹を抱えていたエリオットは後部座席で背筋を伸ばした。

「なんでしょうか」
「もし他国への移住をご希望でしたら、最低でも三ヶ月前にお知らせいただけますか」
「その予定はないけど、なんで三ヶ月?」
「王室スタッフは、退職を希望する日の三ヶ月前までに申し出る決まりがございますので」
「いや、おれスタッフじゃないし」
「えぇ、わたくしの届けです」

 なんで?

「おれの移住とイェオリの退職が、どう関係して……」

 はっとして、エリオットは座席から身を乗り出しかけ、シートベルトに阻まれた。

「まさか、王宮辞めてついて来るつもりか?」
「ハウスキーパー、もしくは秘書としてお雇いください。かならずお役に立ちます」

 そりゃ、イェオリならどっちも十分こなしてくれるだろうし、役に立つだろうけど。って、そうじゃなくて。

「だから移住なんてしねーから!」
「さようですか」

 なんでちょっと残念そうなんだよ。

 ヘクターのように事業を立ち上げるとしても、個人事業主と王宮、どちらが安定した雇用先かくらい、子どもでも分かると言うものだ。いまの年収がどれくらいか正確には知らないが、エリオットに同等の甲斐性を期待されても困る。

「では、もうひとつ。ヘインズさまの意中の方と言うのは……」
「もういいから黙って運転しろ!」
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