箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第八章

3-1 ヘクター卿

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 食事でも、と言うのは社交辞令ではなかった。

 珍しく午前中から衣装の最終チェックをしていたエリオットは、書斎に顔を出したヘクターに誘われてランチへ出た。

 てっきり高級フレンチを予約しているのかと思ったが、連れて行かれたのは王宮から歩いて十分ほどのところにある、トルコ料理の店だった。しかも、いくつも並んだステンレスのバットに総菜が盛ってあり、カウンター越しに好きなものを注文するスタイルの大衆食堂。昼時と言うこともあり、店内に置かれたテーブルと小さな椅子には、すでに客がいっぱいだった。裏通りに面した間口の狭い店は、観光客より近所の家族連れや労働者たちが集まるようだ。

 混雑具合にしり込みしていると、ヘクターはカウンター内にいた店員に声をかけ、香辛料の匂いがする店内を突っ切って、どう見ても従業員用と思われる扉を開けてエリオットを手招く。イェオリにかばわれながらついて行けば、そこは厨房やバックヤードではなく、四人掛けのテーブルが二つあるだけの個室だった。

「変わった店をご存じですね」
「若い時にひとりでよく来ていた店だ。さすがに潰れているかと思ったが、しぶとく残っていてよかったよ」
「ひとりで? それは、侍従もなしと言う意味ですか?」
「昔から、堅苦しいのが苦手でね。――あぁ、きみたちの働きにケチをつけているわけではないから、勘違いしないでくれ」

 堅苦しさの象徴とも言えるイェオリに弁解したところで、さっきカウンターにいた店員が注文を取りに来た。

「きみ、食事制限は?」
「とくにないです。好き嫌いも」
「それはなによりだ」

 写真もないメニュー表から、お勧めだと言う一品料理をいくつか挙げるヘクターを見ながら、「自由なひとだな」と思う。
 華やかさと嫌味のない横柄さが板についている。そして、下町の食堂にもなじみの顔で入って行けるフランクさ。王族と言うよりは、貴族の放蕩息子のようだ。

 まぁ、人生の半分は外国暮らしだもんな。母国っつっても、観光客と同じようなスタンスでもおかしくないか。

「ヘクター卿は、どう言った仕事を?」

 料理と一緒に運ばれてきた濡れタオルで手をふきながら、エリオットは尋ねる。相手がこちらの生活を知らないであろうのと同じく、叔父がどうやって生計を立てているのかまるで知らないのだ。

 たしか報道じゃ、王室からの援助は受け取ってないって書いてあったと思うけど。

「欧州の上流階級向けに、アドバイザーのようなことをね」
「コンサルティングですか?」
「そう大したものじゃない。わたし自身がハブになって人脈をつなぐ、紹介サービスのようなものだよ」

 王室を離れてまで社交か。しかし、己のバックボーンを最大限に生かした仕事とも言える。各国の王侯貴族とお近づきになりたいひとにちやほやされるし、客はセレブばかりだからくいっぱぐれることもないだろう。
 将来像としてエリオットの参考にはならないけれど。

「フランスは長いんですか?」
「二年ほどかな。一応、事務所はベルギーにあるが、家はイタリアやスイスにも持っている。旅行のときにはホテル代わりに貸してあげるよ」
「本当に?」
「どこでも好きなところを」

 ヘクターが注文した料理は、どれもおいしかった。野菜やチキンを煮込んだものが多く、スパイシーな味はパンにもよく合ったが、エリオットはひきわり麦のピラフが気に入った。

 薄い扉を挟んだ表から、金属の食器が触れ合うざわめきが漏れ聞こえてくる。客の声は不明瞭で、口に運ぶ料理も相まって自分が知らない街にでもいるような錯覚を覚えた。
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