箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第八章

2-2 踏み出せない理由

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「おれは、ラスに比べたら王子らしくないし、自信なんてぜんぜんない。でも、十年会わなくても恨み言ひとつ言わない家族とか、おれのために働いて、本気で心配してくれる人がいるって思うとさ」

 せめて、両親が安心して見ていられるくらいの人間になりたいし、イェオリやベイカーが、誇れる主人になりたい。

「ヘインズ公爵として振る舞ったおかげで、王族とは違う貴族的な権力の使い方も分かったし、もっと開き直っていいんじゃないかと思って」

 エリオットはナサニエルの肩越しに視線を投げて、キッチンのすみに立てかけてある、折り畳み椅子を見つめた。薄いクッションを張り付けた、安物のパイプ椅子。マイルズから譲られたときからすべてがそろっていたこの部屋に、エリオットが自ら増やした家具は、あの椅子が初めてだった。

「忌憚ない意見を言わせてもらうとね」

 ティーカップをテーブルに着地させた指先が、落ちて来たサイドの髪をすくって耳にかける。
 ナサニエルが、少し寂しそうな薄紫の目でエリオットを見た。

「出会ったころのきみは臆病な小鳥みたいで、でも純粋そのものって目をしてたね」
「過去形かよ」
「そうだね。ここに越してからかな。たしかに安定はしてたかもしれない。でもぼくにはきみが、だんだんと倦んで行ってるように見えたよ。きみはこの先、社交界どころか俗世ともかかわらず、ひとりで生きていくのかと思った。なんて言うか、クローズな感じがして」

 ナサニエルと初めて会ったのは、十五歳のときだ。理想的とは言えない出会い方だったけれど、だからこそ、そのまますれ違わずに友人として付き合っている。

 たぶん、ここ五年ほどのエリオットを一番知っているであろうナサニエルは、「でも」と言葉を継いだ。

「いまのきみはとても魅力的だよ、ベイビー。ふたつの宝石がキラキラしてる」

 しかもウィンク付き。

「うかない顔だって言ったじゃないか」
「それは、きみが葛藤してるってこと。葛藤は前に進んでいる者にしか生まれないんだよ」

 格言じみたことを真面目な顔で言った友人が、テーブルに両肘をついて首を傾ける。お手本のような上目遣いでエリオットを見つめて来た。

「ブラインドを吹っ飛ばして、きみを前に進めたのが彼なんだよね」
「――うん」
「彼のことが好き?」
「好きだよ」
「それでも、気持ちを伝えるつもりはないの?」
「あいつは、侍従だから」
「王子のきみが迫ったら、セクハラだと思ってるとか」
「そうじゃないけど……」

 いや、そうでもあるか。
 しかしそれ以前に、王子であることを打ち明けるかも決心がつかないと言うか。

 いずれバレるだろうけどさ、イェオリみたいにもの分かりのいい反応されるとは限らないだろ。

 ナサニエルとのそれとは違い、バッシュとの間にある関係は、エリオットが変わり者の公爵であると言う前提に立っている。王子だと知られたら、これまでのささやかな友情は打ち砕かれて、二度と名前を呼んでもらえないのではないか。
 エリオットはそれを恐れているのだ。

「エリオット、王も娼婦も服を脱げばただの人間だよ。ひとは肩書で恋をするんじゃない。それに、以前言ったよね? 彼はリベラルだと思うって」

 うつむいて無為にカップをいじるエリオットに、ナサニエルは実の兄より兄らしくそう言った。
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