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世話焼き侍従と訳あり王子 第八章
2-1 ニール再び
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翌日から、食事のデリバリーサービスもイェオリの業務の一環になった。
料理が得意ではないと言うイェオリの自己申告と、キッチンをあまり使われたくないエリオットの意向をすり合わせた結果、ハウスの厨房で作られたものを三食分、昼に届けると言うことで話がついた。届けられた昼食をイェオリの給仕で済ませ、一緒に持って来た夕食と翌日の朝食は冷蔵庫へ。バッシュが作り置きしていたのと同じようなサイクルだ。
聞くところによると、この案を聞いたベイカーも、朝なら自分でも届けられると配達員に立候補したそうだが、五階までの階段の往復を考慮してイェオリの仕事となった。
真夜中に駆けつけたときは余裕のなかった侍従も、フラットの散らかり具合を見てエリオットの自活レベルを把握したらしい。「シャツの替えが必要な理由が分かりました」と苦笑しながら、デリバリーついでに衣類をまとめてクリーニングへ出し、掃除機をかけて回った。
キッチンへの出入りを制限したのはエリオットなので、テーブルや寝室のサイドチェストで干からびたカップについては、夜のうちに自分で食洗器に放り込んでおいた。
そうして久しぶりに明るくなったフラットに、思わぬ来客があったのは、式まで一週間を切った七月の初週だった。
「いま、きみのフラットの前にいるんだけど」
そんな電話がかかって来て、リビングの窓を開け下を覗き込んだら、亜麻色の髪を束ねた青年が石畳の歩道から手を振っていたのだ。
「やあ、ラプンツェル。いつも思うけど、エレベーターのない最上階なんて、きみ案外タフだよね」
「ニール、なんでここに」
「きみが呼んでる気がしてね。お邪魔するよ」
ウィンクしたナサニエルが、「これお土産」とショコラトリーの袋を掲げて見せる。
「うわ、どうしたの? 部屋が片付いてるじゃない」
水色のストールを外しながら、友人はリビングを物珍し気に見回した。
「本当におれに会うためだけに来たのか?」
「そうだよ?」
「せめて前日に連絡するとかしない? おれだって、家にいないこともあるんだから」
「空振りなら、そう言う日だったと言うだけさ。また出直すよ」
当たり前のように答えたが、彼が住んでいる屋敷からここまで片道二時間もかかるのだから、「ちょっとそこまで」と言うわけにはいかない。それを無駄だと思わないところが、ナサニエルと言う人間だった。ついつい急いてしまうエリオットは、その心のありようにあこがれる。
あいかわらずリビングには座るところが一つしかないので、自然とダイニングに落ち着いた。しかもナサニエルは、バッシュが整えていったキッチンから的確にポットとカップを探し出し、家主より慣れた手つきでお茶の準備まで整えてしまう。
「忙しくしてるみたいだね」
「おかげさまで」
「きみが選帝侯を務めるのは、ほぼ決まりかな?」
「リハーサルでぶっ倒れなければ」
イェオリとの「人に近づく練習」は毎日続けている。自分のテリトリーであることも手伝ってか、いまのところ相手が動きさえしなければ、手が届く距離に必要な時間とどまることができている。あとは実際に冠を受け取って、あの小憎らしいおつむに乗せてやるだけだ。二人分を千二百人とカメラの前で。
「でも、うかない顔だ」
エリオットは湯気の立つカップを手の中で揺らしながら、反省してるんだよ、と言った。
「いままで、なにも見てこなかったなって」
「……そう。ブラインドが上がった?」
「って言うより、吹っ飛ばされたって感じかな」
エリオットは、これまでの一切合切をナサニエルに話して聞かせた。気分はカウンセラーを前にした患者だ。
冗談じゃなく、ニールは向いてると思うけどな。
「つまり、きみはあのハンサムのために、あんなに嫌がってた王宮に戻って、トラウマを克服しようとしてるわけだ」
「きっかけかな。たしかに最初はあいつのためだって言い聞かせてた。でも、おれが王宮に戻りたくなかったのって、周りの目とかなれなれしく差し出される手とか、嫌なものと怖いものが混ざって、漠然と全部が嫌だなって思うようになってたからでさ。別に家族が嫌いだとか侍従が怖いとか、そう言うんじゃないんだって気づいたんだよ。あー、悪いことしたなって」
「なるほど?」
料理が得意ではないと言うイェオリの自己申告と、キッチンをあまり使われたくないエリオットの意向をすり合わせた結果、ハウスの厨房で作られたものを三食分、昼に届けると言うことで話がついた。届けられた昼食をイェオリの給仕で済ませ、一緒に持って来た夕食と翌日の朝食は冷蔵庫へ。バッシュが作り置きしていたのと同じようなサイクルだ。
聞くところによると、この案を聞いたベイカーも、朝なら自分でも届けられると配達員に立候補したそうだが、五階までの階段の往復を考慮してイェオリの仕事となった。
真夜中に駆けつけたときは余裕のなかった侍従も、フラットの散らかり具合を見てエリオットの自活レベルを把握したらしい。「シャツの替えが必要な理由が分かりました」と苦笑しながら、デリバリーついでに衣類をまとめてクリーニングへ出し、掃除機をかけて回った。
キッチンへの出入りを制限したのはエリオットなので、テーブルや寝室のサイドチェストで干からびたカップについては、夜のうちに自分で食洗器に放り込んでおいた。
そうして久しぶりに明るくなったフラットに、思わぬ来客があったのは、式まで一週間を切った七月の初週だった。
「いま、きみのフラットの前にいるんだけど」
そんな電話がかかって来て、リビングの窓を開け下を覗き込んだら、亜麻色の髪を束ねた青年が石畳の歩道から手を振っていたのだ。
「やあ、ラプンツェル。いつも思うけど、エレベーターのない最上階なんて、きみ案外タフだよね」
「ニール、なんでここに」
「きみが呼んでる気がしてね。お邪魔するよ」
ウィンクしたナサニエルが、「これお土産」とショコラトリーの袋を掲げて見せる。
「うわ、どうしたの? 部屋が片付いてるじゃない」
水色のストールを外しながら、友人はリビングを物珍し気に見回した。
「本当におれに会うためだけに来たのか?」
「そうだよ?」
「せめて前日に連絡するとかしない? おれだって、家にいないこともあるんだから」
「空振りなら、そう言う日だったと言うだけさ。また出直すよ」
当たり前のように答えたが、彼が住んでいる屋敷からここまで片道二時間もかかるのだから、「ちょっとそこまで」と言うわけにはいかない。それを無駄だと思わないところが、ナサニエルと言う人間だった。ついつい急いてしまうエリオットは、その心のありようにあこがれる。
あいかわらずリビングには座るところが一つしかないので、自然とダイニングに落ち着いた。しかもナサニエルは、バッシュが整えていったキッチンから的確にポットとカップを探し出し、家主より慣れた手つきでお茶の準備まで整えてしまう。
「忙しくしてるみたいだね」
「おかげさまで」
「きみが選帝侯を務めるのは、ほぼ決まりかな?」
「リハーサルでぶっ倒れなければ」
イェオリとの「人に近づく練習」は毎日続けている。自分のテリトリーであることも手伝ってか、いまのところ相手が動きさえしなければ、手が届く距離に必要な時間とどまることができている。あとは実際に冠を受け取って、あの小憎らしいおつむに乗せてやるだけだ。二人分を千二百人とカメラの前で。
「でも、うかない顔だ」
エリオットは湯気の立つカップを手の中で揺らしながら、反省してるんだよ、と言った。
「いままで、なにも見てこなかったなって」
「……そう。ブラインドが上がった?」
「って言うより、吹っ飛ばされたって感じかな」
エリオットは、これまでの一切合切をナサニエルに話して聞かせた。気分はカウンセラーを前にした患者だ。
冗談じゃなく、ニールは向いてると思うけどな。
「つまり、きみはあのハンサムのために、あんなに嫌がってた王宮に戻って、トラウマを克服しようとしてるわけだ」
「きっかけかな。たしかに最初はあいつのためだって言い聞かせてた。でも、おれが王宮に戻りたくなかったのって、周りの目とかなれなれしく差し出される手とか、嫌なものと怖いものが混ざって、漠然と全部が嫌だなって思うようになってたからでさ。別に家族が嫌いだとか侍従が怖いとか、そう言うんじゃないんだって気づいたんだよ。あー、悪いことしたなって」
「なるほど?」
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