箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第七章

4-1 尻に敷かれた方が上手くいく

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 衣装の調整には二時間もかかった。

 ブランシェールがマントのひだを数えたり、床にへばりついてガウンの丈をチェックしたりするあいだ、ずっとマネキンにされていたエリオットは、本当にこの衣装で大聖堂に入っても大丈夫なのかと、三度もベイカーに尋ねた。
 いずれにも「大丈夫です」「許可は取ってあります」と答えたベイカーは、最後に「オールグレン大主教も、ブランシェールさまのデザイン画をとても気に入っておられます」と太鼓判を押した。

 そう言えば、宗教家にしては話の分かるじいさんだったな。

 教会の責任者がいいと言っているなら、周りが問題にして騒ぎ立てようがエリオットが弁明する必要もない。ただ、天使を想起させる衣装と、残念な中身のギャップに自分が耐えるだけだ。

 それが一番キツい……。

 ため息をつくと、前を歩いていたサイラスが振り返った。

「どうかしたか?」
「いや、ちょっと」
「あまり顔色がよくないようだが、調子が悪いのか?」
「大丈夫だから!」

 足を止めて寄ってこようとするのを、両手を振って押しとどめる。

「二時間も仮縫いの衣装着せられて、前向け後ろ向け、上見ろ下見ろ、歩け座れってやられたら、げっそりもするだろ」

 しかも、もう何日もまともに寝ていないときてる。きょうはさすがに眠れるだろう。ーー気絶と言うべきかもしれないが。
 ただし、なにも考えなくていい体を動かすだけの作業は、気分転換にはなった。

「あぁ、衣装合わせだったか」

 サイラスが得心したように首を振る。

「ラスはなに着るの?」
「空軍の礼装の予定だ。一応、従軍経験者だからね」

 昔、王族の男子には兵役義務があったらしいが、近代はそうでもない。エドゥアルドもヘクターも従軍していないし、もちろんエリオットも未経験だ。けれどサイラスは大学を卒業したあと三年、空軍で兵役に就いていた。それも後方支援ではなく、最後の一年はヘリのパイロット。国内で特にサイラスの人気が高いのも、そのへんが関係している。

「あの黒くて地味なやつ?」
「ガウンを着れば、少しは上等に見えるさ。それに、結婚式の主役は花嫁だろう。わたしは添え物くらいでちょうどいい」

 よく言うよ。どこにいたって話題をさらっていくくせに。

 エリオットは二度目のため息をついて、窓の外へ視線を投げた。高い生垣の向こうに、緑輝くガーデンがちらちらと見える。

 侍従もつけず、ふたりだけで歩いているのは宮殿の北館だった。マーガレットのサロンが開かれた談話室と同じ棟の三階。ここには王が公務で使用する執務室がある。

 一階に残して来たサイラスの侍従がバッシュでなかったことに、エリオットは少しほっとしていた。
 電話で八つ当たりしたことを、まだ謝れていない。イェオリを寄越してくれた礼も。
 なにも難しいことはない。スマートフォンに登録してある番号にかけて、一言「悪かった」と言えば済むことだ。なのに、それができない。

 バッシュに偉そうなことを言って突き放しておきなから、結局はぐすぐすと愚痴っている。呆れられただろうか。

 めんどくさい奴って思われてるよな。

 自信にあふれたサイラスの背中を見ながら、エリオットはそっと肩を落とす。

 人払いがされた廊下はだれともすれ違わなかったけれど、なんとなくそわそわしている人の気配が残っていた。活気があると言うのとは少し違う、宮殿自体が浮足立っていると言うか。

「やはり、父さんがいると空気が変わるね」
「……ラスもそう思う?」
「憲法に縛られていようとも、宮殿の主は王なんだと感じるよ」

 我らが父は偉大だな、とサイラスが肩をすくめる。

 次の王はあんただろうに。

 突っ込もうとしたエリオットだったが、たどり着いた執務室の前に立つ警護官を見て口を閉じた。
 頑強な肉体で扉を守っていた警護官が、王太子を見て頷くように会釈する。サイラスが面会の予定を伝えると先客がいると言うので、秘書のデスクがある前室で待つことになった。

 人払いはここにまで及んでいるようで、国王執務室の前室に常駐する秘書官も、デスクにめがねを残して席を外していた。

「彼女をどうやってここから追い出したのか、興味があるな」

 きれいに整頓された机に置かれたガラスのペーパーウエイトを指先で転がし、サイラスが言う。

「そんな厄介な秘書なの?」
「ランディハム女史は、国王執務室の守護者と言われている。ゲリラが機関銃を手に突入してきても、彼女なら『ノックをなさい!』と叱り飛ばすだろうね」
「うそだ」
「うそじゃないさ。父さんでさえ、彼女には頭が上がらない」
「王室の周りって、やたら強烈な女性が多くない?」
「女性が強いと社会は上手く回るものさ」

 他愛ないやり取りをしていると、王の居室にしてはシンプルな扉が開き、壮年の男が出て来た。
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