箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

8-2 決壊(第六章 終)

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『お前、ストレスが体調に出やすいタイプだろう。ベイカーはお前をよく見てるが、多忙で相談できる余裕はないだろうし、イェオリもまだ、お前に意見できるほど覚悟ができてない。そのあたり、ちゃんと話してないんじゃないのか』
「なにを話せって?」
『強がるな。お前ができないことのために、ベイカーたちはいるんだぞ。――おれもな』

 砂時計の砂みたいだ。次から次へ際限なく流れ込み、ひっくり返してもいっぱいで、上にも下にも動けない。重みと苦しさに耐えられず、ぴしりとヒビが入る。

「おれが無能さを恥ずかしがって、自分じゃものが言えないって?」
『お前が無能なんてだれも思ってない。ただ、助けが必要な時は呼べと言ってるんだ』
「助けてくれって言ったらどうにかなるのかよ!」

 衝動は、自覚するより先に口から吐き出されていた。
 電話口で、バッシュが息をのむ気配がした。

「ミリーは式を楽しみにしてるし、母さんだっておれが戻ってほっとしてる。無理言ってベイカーに迷惑かけて、どれだけの人に影響出てると思ってるんだよ。いまさらやめたいから助けてくれって、あんたどうにかしてくれるのか」
『……落ち着け、エリオット』
「落ち着けるわけないだろ!」

 割れた器からあふれたものは際限なく流れ、止まらなかった。
 エリオットと言う器は、こんな小さいものだったのか。

「あと二週間しかないんだ! おれはラスに近づくだけでも必死なのに、外ではおれに近づきたいって貴族どもが行列作ってる!」
『そんなの放っておけ。お前には関係のない奴らだろ』
「できたら苦労しねーよ! いままで『ヘインズ公爵』なんて、棚ぼたで爵位を継いだ世間知らずってバカにしてた奴らが、どいつもこいつも手のひら返してさ。でも無視したらまた陰口叩かれるだろ!」
『エリオット』
「子どものときからずっとそうだ。おれが出来損ないなのは、おれが一番分かってんだよ! それでも必死にやってるだろ! なんでっ……」

 必死にやってる。人に会って、ニコニコして、震える足でなんとか人に慣れようとしている。でも周りはもう「次」にばかり目を向けて算段をしているのだ。お茶会に顔を出したら次は社交場へ、公務に復帰したら次はお妃選び。エリオットは「いま」をなんとかこなしていると言うのに。

 しかもそのせいで、丹精込めて作り上げて来た王国が崩れ始めている。このまま虫が木を食い尽くして、花が全部だめになったらどうしよう。二週間頑張って、どうにもならなくて、逃げ帰る場所さえなくなってしまったら。

 たった一つ、バッシュが誇れと言ってくれたものなのに。

「もういやだ。頭ぐちゃぐちゃでおかしくなる」
『エリ――』

 手の中から滑り落ちたスマートフォンが、重い音を立てて床に転がった。
 すぐにまた鳴動する機械に耳をふさぎ、エリオットはリビングの肘掛け椅子でひとり、体を丸めて嵐が過ぎるのを待つように小さくなった。
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