箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

7-2 社会人ってつらい

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「ヘインズ公爵、殿下が至急お戻りくださるようにとの仰せです」

 有無を言わせないバッシュの目に威圧され、侯爵は「ま、またいずれ」と軽く会釈した。引き際だけはわきまえているようだ。
 エリオットは黙ったまま目礼し、バッシュの背中を追いかける。

 彼が向かったのは、書斎とは反対側にあるゲストルームだった。そのうちの一つの扉を開け、エリオットたちを通す。当然、そこにサイラスはいなかった。

「どっから見てたんだよ」

 絡んできた侯爵と同じだ。嫌な相手から逃れる手としては、ご都合主義がすぎる。

「見ていたのはメイドです。本日、来館予定のない方がお見えだと。メイド長から侍従長へ報告が上がり、穏便に収めるようわたくしに指示がございました」

 相変わらず、光の速さで情報が巡る場所だ。今回はそれに救われたので、文句はないけれど。

「しばらくこちらでお待ちください。安全の確認が取れ次第、お知らせに参ります」
「助かった。ありがと」
「いえ」

 バッシュはやや不機嫌そうに見えた。侍従らしくかしこまった顔にそれを感じたのは、そこそこ色々な表情を目にしてきたからだ。いまの彼は、不機嫌丸出しで「くそニート」とエリオットを罵ったときとよく似た眉の寄り方をしている。

「ヘインズさま、業務連絡がございますので、イェオリを少々お借りしてよろしいでしょうか。廊下で済ませます」
「……すぐ返せよ」
「承知いたしました」

 バッシュとイェオリが廊下に出て扉が閉まると、エリオットはその場にしゃがみ込んだ。
 ゲストルームは初日に泊まった部屋と同じ造りになっているので、応接スペースには椅子もあったが、窓に近かったから座るのはやめた。さっきの侯爵が「散歩」がてらハウスの周りを回って、中を覗き込まないとも限らない。
 合わせた両手で鼻と口を覆い、苦い息を吐き出す。

 つくづく、人付き合いと言うのは面倒くさい。怖くて面倒なものから逃げて来た人生のツケの、一括返済を迫られている気分だ。
 できることなら家の看板ぶらさげて「話しかけるな」って態度で通したい。実際、やろうと思えば可能なのだし。でもそんなことをすれば、エリオットを後継に選んだマイルズの顔に泥を塗ることになるし、万が一にも王子だとバレたときに非難を浴びる。
 フラットの外へ出た以上、ああ言う手合いにも対応しなければならないのは分かっていた。

 だからって、苦手なものが好きになるわけじゃないんだよな。

「疲れた……」

 数分で戻って来たイェオリは床のエリオットを見て目をむいたが、視線を向けた家具の位置取りで意図に気付いたのか、椅子は勧めず自分も扉の前に屈んだ。

「怒られた?」
「いえ、業務連絡です」

 一応尋ねてみたが、にこやかに否定される。

 このさわやかさは、逆にうそだな。

 アポのない者を相手にするなとか、もっと早く切り上げろとか、そんな小言を言われたのではと推測する。バッシュだったら、たとえエリオットが止めたとしても、さっさとあのビーグル犬ーーもとい侯爵をつまみ出しただろうから。

「機嫌悪かったよな。仕事中に手間かけさせたからかな」
「本日バッシュは夜勤ですので、これから勤務に入るところです」
「仕事前だったのか」

 それなら余計に怒るわ。残業――と言うか早業? 特別手当を要求するね。

 バッシュがもう帰っていいと知らせに来たのは、三十分ほど後。ご丁寧にタクシーを用意されていた。
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