上 下
95 / 332
世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

7-1 絡まれるなら犬がいい

しおりを挟む
「もしや、ヘインズ公爵ですかな?」

 声をかけられて、エリオットは足を止めた。
 ハウスの裏口から出て、見慣れたワゴンに乗り込もうとしたところだった。ゴシップ誌の記者よりは丁寧だが、無視されることを想定していない横柄さが耳障りだ。

 バッシュにも似たようなことを聞かれたが、ここまで不快じゃなかった。

 ただしイケメンに限るってやつか。

 出っ張った腹をスーツに押し込み、愛想よく寄ってくるビーグル犬のような中年の男。さりげなく前に出ながらイェオリがささやいた名前は、聞き覚えがある侯爵家のものだった。

「一度お会いしたいと思っておりましたが、いや、偶然ですな」

 偶然? うそくせー。

 当然、相手もそれを知られていると分かっていて、なんでもない顔をしている。じつに貴族らしい。ふてぶてしいのは体形だけじゃなさそうだ。

 つーか、だれだよこのオッサン。

 無害な笑みを顔に張り付けたエリオットの疑問は、しっぽを振るように男が続けた言葉で解決した。

「ピッツ女伯爵のサロンで、わたしの父がご挨拶させていただいたそうで。お披露目の場に呼んでいただけて感激しておりました」
「いえ、そんな。お披露目と言うほどでは」

 納得だ。大伯母に紹介されたうちのひとりが、計画通り家で「うわさの公爵に会った」と自慢したに違いない。エリオットが連日ハウスへ招かれていることは、少し調べれば出入りの業者からすぐに割れる。あとは例の記者のように、それらしい背格好の青年がやって来るのを待っていれば、お目通りがかなうと言うわけだ。偶然を装えば、アポイントの段階で断られることもない。

「次はぜひ、わたしの主催するクラブへお越しください。毎年、解禁日にカントリーハウスでパーティーをやります。男ばかりなので、年寄りの集まりより気楽ですよ」

 げ、狩りか。絶対に行かねーわ。

 しかもマーガレットを「年寄り」と笑っているが、二十代のエリオットにとっては五十代の侯爵も十分に年寄りだ。それに気付かないあたりが残念すぎる。

「しかし驚きましたな。貴族会では、ヘインズ家はエリオット王子が継がれるものと言われておりましたから。まさか『エリオット違い』とは」
「失礼ながら侯爵――」
「イェオリ」

『違うほうのエリオット』は、軽く手を上げて侍従を制した。

 そんなおっかない顔しなくたって分かってるよ。こいつは、じいちゃんの直系でないってふれこみの相続人を舐めくさってる。
 身分は名前じゃなくて生まれによるって考えるタイプのやつだ。

 だからこんなところで、立ち話を仕掛けられるのだ。宮殿で会った子爵とは違い、相手がだれだか分かっていてやっている分、こっちのほうがたちが悪い。

「ヘインズ公は、エリオット王子と同じ年頃ですかな」
「えぇ」
「ずいぶんお姿を拝見しておりませんが、ご親戚にあたられるのであれば、ご様子をご存じで?」
「心配ですか?」
「離宮へ移られてから十年になりますからね。しかし、近々ご公務に復帰されるとうわさでお聞きしまして」

 はーん、それで『違うほうのエリオット』を足掛かりにして、第二王子に繋ぎを付けようって算段か。

 社交から遠ざかっている第二王子は、大したパイプを持っていない。他の貴族に先んじて親しくしておけば、貴族会での影響力が増すとでも夢見ているのだろう。そし厄介なのは、そんな空想にふけるのが、おそらくこの侯爵ひとりではないと言うことだ。

「サイラスさまもご結婚なさるし、エリオットさまもお相手を考えてよいころでしょう」
「お相手……妃ですか」
「あぁ、もちろんヘインズ公もですな。わたしの姪などちょうどよい年ごろかと――」
「ご歓談中、恐れ入ります」

 一押し商品を取り出した営業マンのごとく、セールストークを始めようとした侯爵の言葉に、冷水のような声が降って来た。

 エリオットと侯爵の間に割って入ったのは、ついに我慢の限界を超えたイェオリではなく、戸口から顔を出した第三者――バッシュだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

αなのに、αの親友とできてしまった話。

おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。 嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。 魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。 だけれど、春はαだった。 オメガバースです。苦手な人は注意。 α×α 誤字脱字多いかと思われますが、すみません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
ご感想をいただけたらめちゃくちゃ喜びます! ※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

嫌われ者の僕はひっそりと暮らしたい

りまり
BL
 僕のいる世界は男性でも妊娠することのできる世界で、僕の婚約者は公爵家の嫡男です。  この世界は魔法の使えるファンタジーのようなところでもちろん魔物もいれば妖精や精霊もいるんだ。  僕の婚約者はそれはそれは見目麗しい青年、それだけじゃなくすごく頭も良いし剣術に魔法になんでもそつなくこなせる凄い人でだからと言って平民を見下すことなくわからないところは教えてあげられる優しさを持っている。  本当に僕にはもったいない人なんだ。  どんなに努力しても成果が伴わない僕に呆れてしまったのか、最近は平民の中でも特に優秀な人と一緒にいる所を見るようになって、周りからもお似合いの夫婦だと言われるようになっていった。その一方で僕の評価はかなり厳しく彼が可哀そうだと言う声が聞こえてくるようにもなった。  彼から言われたわけでもないが、あの二人を見ていれば恋愛関係にあるのぐらいわかる。彼に迷惑をかけたくないので、卒業したら結婚する予定だったけど両親に今の状況を話て婚約を白紙にしてもらえるように頼んだ。  答えは聞かなくてもわかる婚約が解消され、僕は学校を卒業したら辺境伯にいる叔父の元に旅立つことになっている。  後少しだけあなたを……あなたの姿を目に焼き付けて辺境伯領に行きたい。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...