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世話焼き侍従と訳あり王子 第六章
5-1 夫婦げんか?
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修羅場と言うやつを初めて見た。と言うか聞いた。
「もういい、きょうは帰るわ!」
「ミリー」
「ラスのバカ!」
子供じみた捨て台詞とともに、ブラウンの髪を逆立てたミシェルがサイラスの書斎から飛び出してくる。
ちょうどそこを訪ねるところだったエリオットとイェオリが、あまりの剣幕に恐れをなして壁に貼りつくが、彼女の目には入らないようだった。いつもならすらりと伸びた脚がスキップするように歩くのに、いまは高いヒールが廊下を割りそうなほどの音を立てている。
花柄のワンピースが角に消えるまで待って、エリオットは開いたままの戸口から、こわごわ兄の書斎をのぞき込んだ。
まさか肉弾戦にはなっていまいとは思っていたが、部屋の主は拍子抜けするほどいつもと変わらない様子で、重厚すぎて根が生えそうな書斎机についていた。むしろ、側に控えた侍従のほうが顔を青くさせている。
「いまの、もしかしてミリー?」
重戦車みたいな勢いで出て行ったのが?
「わたしを罵るのは、世界中で彼女だけだろうね」
「追わなくていい、んですか?」
冗談めかすサイラスに呆れつつ、侍従がいることを思い出してエリオットは口調を改める。
「怒った彼女をなだめるのは、暴れ馬を乗りこなすより難しい」
「へぇ」
ミシェルが怒ったところなんて、初めて見たけどな。もしかしてけっこう頻繁にケンカしてるのか?
姿の見えなくなった廊下を見ていると、サイラスに入室を促された。
エリオットがソファに腰を下ろし、イェオリは一礼して戸口の脇に立つ。先日の一件でサイラス側となんらかの話し合いが持たれたらしく、こちらの侍従も廊下ではなく室内で控えることになったようだ。
「『怒らせた』の間違いではなく?」
「ちょっとした意見の相違だよ」
「あれが『ちょっとした』?」
「合意を得なくて紛糾した」
ヘクター叔父のことでね、と言いながら、サイラスは髪をかき上げた。
「彼女は、式に叔父が来るのを嫌がっている」
「苦手だとは聞いていますが、そこまで?」
「理由を聞いても教えてくれなくてね、困っているんだ」
「うわさの件は?」
「それはあり得ないな。わたしはそれについて、彼女を信頼している」
まぁ、子どものころから他人が入る余地のない好き同士で、結婚まで来てるんだもんな。
「ミシェルに嫌われるほど、難のある人でした?」
「実のところ、ヘクター叔父については、わたしもよく知らない。物心つく頃にはこの国を離れていたし、直接顔を合わせたのも、わたしの立太子の儀が初めてだ」
エリオットはさらに接点が少ない。立太子の儀で選帝侯を務めるため王宮に滞在していたから、ハウスですれ違うくらいはしたかもしれないが、個人的に言葉を交わした覚えもない。
と言うか、たぶん人見知りを発現して避けていたんじゃないだろうか。
「でも、ヘクター卿を招待しないわけにはいかないでしょう」
「もちろんだ。新郎の叔父だし、彼は選帝侯を務めた経験がある。お前にも必要だろう」
「ミリーは大丈夫ですか?」
「いまは少しナーバスになっているようだが、彼女も公爵家の生まれだ。嫌いな相手とも、うまくやるすべを身につけているよ」
サイラスはそう話を畳むと、アーロンチェアから腰を上げて、応接セットのソファに座り直す。エリオットの正面を避けるのは、気遣いなのか偶然なのか。
「さて、お前の問題について話し合おうか」
幼馴染のことも気になるが、自分も大きな問題を抱えている。
エリオットはひとつため息をついて、気持ちを切り替えた。
「もういい、きょうは帰るわ!」
「ミリー」
「ラスのバカ!」
子供じみた捨て台詞とともに、ブラウンの髪を逆立てたミシェルがサイラスの書斎から飛び出してくる。
ちょうどそこを訪ねるところだったエリオットとイェオリが、あまりの剣幕に恐れをなして壁に貼りつくが、彼女の目には入らないようだった。いつもならすらりと伸びた脚がスキップするように歩くのに、いまは高いヒールが廊下を割りそうなほどの音を立てている。
花柄のワンピースが角に消えるまで待って、エリオットは開いたままの戸口から、こわごわ兄の書斎をのぞき込んだ。
まさか肉弾戦にはなっていまいとは思っていたが、部屋の主は拍子抜けするほどいつもと変わらない様子で、重厚すぎて根が生えそうな書斎机についていた。むしろ、側に控えた侍従のほうが顔を青くさせている。
「いまの、もしかしてミリー?」
重戦車みたいな勢いで出て行ったのが?
「わたしを罵るのは、世界中で彼女だけだろうね」
「追わなくていい、んですか?」
冗談めかすサイラスに呆れつつ、侍従がいることを思い出してエリオットは口調を改める。
「怒った彼女をなだめるのは、暴れ馬を乗りこなすより難しい」
「へぇ」
ミシェルが怒ったところなんて、初めて見たけどな。もしかしてけっこう頻繁にケンカしてるのか?
姿の見えなくなった廊下を見ていると、サイラスに入室を促された。
エリオットがソファに腰を下ろし、イェオリは一礼して戸口の脇に立つ。先日の一件でサイラス側となんらかの話し合いが持たれたらしく、こちらの侍従も廊下ではなく室内で控えることになったようだ。
「『怒らせた』の間違いではなく?」
「ちょっとした意見の相違だよ」
「あれが『ちょっとした』?」
「合意を得なくて紛糾した」
ヘクター叔父のことでね、と言いながら、サイラスは髪をかき上げた。
「彼女は、式に叔父が来るのを嫌がっている」
「苦手だとは聞いていますが、そこまで?」
「理由を聞いても教えてくれなくてね、困っているんだ」
「うわさの件は?」
「それはあり得ないな。わたしはそれについて、彼女を信頼している」
まぁ、子どものころから他人が入る余地のない好き同士で、結婚まで来てるんだもんな。
「ミシェルに嫌われるほど、難のある人でした?」
「実のところ、ヘクター叔父については、わたしもよく知らない。物心つく頃にはこの国を離れていたし、直接顔を合わせたのも、わたしの立太子の儀が初めてだ」
エリオットはさらに接点が少ない。立太子の儀で選帝侯を務めるため王宮に滞在していたから、ハウスですれ違うくらいはしたかもしれないが、個人的に言葉を交わした覚えもない。
と言うか、たぶん人見知りを発現して避けていたんじゃないだろうか。
「でも、ヘクター卿を招待しないわけにはいかないでしょう」
「もちろんだ。新郎の叔父だし、彼は選帝侯を務めた経験がある。お前にも必要だろう」
「ミリーは大丈夫ですか?」
「いまは少しナーバスになっているようだが、彼女も公爵家の生まれだ。嫌いな相手とも、うまくやるすべを身につけているよ」
サイラスはそう話を畳むと、アーロンチェアから腰を上げて、応接セットのソファに座り直す。エリオットの正面を避けるのは、気遣いなのか偶然なのか。
「さて、お前の問題について話し合おうか」
幼馴染のことも気になるが、自分も大きな問題を抱えている。
エリオットはひとつため息をついて、気持ちを切り替えた。
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