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世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

4-1 想像と違う

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「ずいぶんのんびりしたご到着でしたね、お若い公爵」

 大伯母、ピッツ女伯爵は初めから飛ばしていた。

 見事な白髪を立たせたボリュームのあるヘアスタイル。一番上まできっちりボタンを留めた、グリーンのコートと同色のハンドバッグ。
 杖は必要なようだが、足元は宮殿にふさわしいヒールのある靴で仁王立ちしてエリオットを迎えた老婦人は、現れたふたりを年相応にくすんだ目でじっとりとねめつけ、手にした杖の先でじゅうたんの床を打ち据えた。
 枯れ木のように痩せた体から発せられる先制攻撃に、イェオリも仲立ちするタイミングを逃して困惑する。

「申し訳ございません、大伯母さま。こちらでお待ちくださっていると知っていれば、全速力で走って来たのですが」
「ヘインズの直系でないあなたに、大伯母と呼ばれる筋合いはありませんよ、公爵」

 こわ! この人こわっ!
 ちょっと話が違うんじゃねーのかこれ。このばあさん本当に事情分かってんの? なんでおれ姑にいびられる嫁ポジなわけ?
 ちゃんと周りの貴族どもに「秘密ですわ、うふふ」ってしてくれんの?

「……大変失礼いたしました。マーガレット・ピッツ女伯爵」

 口元を引きつらせながら謝罪したエリオットに、ふんと鼻を鳴らした女伯爵はしかし、一転していたずらが成功した少女のように笑った。

「少なくとも、この場ではね。エリオット」
「は……」
「あのおどおどしていた小さな坊やが、すっかり大きくなったこと。まぁ、その髪はいったいどうしたんです。せっかくフェリシアに似てきれいな色だったのに。まったく、若い人の考えることにはついて行けませんよ」

 このババ……おっと。

 初手ですっかり自分のペースに若者を巻き込んだマーガレットが、ようやく扉を開けてエリオットを談話室へ招き入れた。

「さぁ、ぼやぼやしていないで中にお入りなさい。じきにほかの参加者がやって来ますよ」

 当然のように手を差し出され、それがエスコートを要求されているのだと分かっていても、エリオットはどうしようもなく足を引いた。すかさずイェオリが間に入る。

「おそれながら、女伯爵。ヘインズ公はエスコートをなさいません」
「では、あなたが代わりになさい」
「光栄です」

 イェオリがマーガレットの手を取ってエスコートするのに続いて入った青の間は、名前通りダークブルーの壁と白い柱の対比が美しく、落ち着きのある談話室だった。
 室内には何組かのソファーセットや長椅子が配置されていて、小ぶりなマントルピースの上には港の風景を描いた印象派の絵画がかかっている。その前では、アフタヌーンティーの準備をするフットマンがふたりほど待機しているだけで、ほかには参加者どころかマーガレットの従者もいなかった。

「ピッツ女伯爵、もしやお一人でいらしゃったのですか?」
「侍女と運転手は車で待たせていますよ。わたくしは、会話に興味のない者がサロンに出入りするのが大嫌いなのです。余計な目耳を増やすことになりますから」

 マーガレットは一番奥まった肘掛け椅子へ、難儀そうに腰を下ろす。かくしゃくとはしているが、杖をつきながら階段を上り下りするのは大変だろうに。

「王宮には、ゲストをきちんともてなす使用人がいますしね」

 ねぇ? と声をかけられて、フットマンのひとりが笑顔で頭を下げる。マーガレットはついでに飲み物を持って来るように指示した。
 すぐにティーセットを運んで来たフットマンのポットを傾ける手際から、彼はバイトではないなと見当がつく。

「年寄りのいいところは、急な用が入っても差し支える仕事がないことです」

 マーガレットは洗練された所作でカップを手にし、エリオットに掲げて見せた。

「十年も音沙汰のなかった大甥と語らうのに、もってこいでしょう」

 また嫌味なのかジョークなのか判別しづらいことを言ってお茶を飲んだマーガレットは、「あぁ、それから」と、ハンドバッグから取り出した文庫本を寄こす。

「きょうの課題です」
「課題?」
「えぇ。きょうはあなたに譲って差し上げますが、本来、この場の名目は読書会ですからね」

 分厚い老眼鏡が必要なじいさんばあさんが集まって、カフカでも読んでんのか。それはまた高尚なサロンで。

 エリオットの不適切な感想を察知したように、マーガレットの目が厳しくなる。

「いずれも本人は引退間際か配偶者が引退した夫人ばかりですけど、そのぶん話題に飢えていますから、さぞあなたは注目されるでしょう」
「確認しておきますが……」
「分かっていますとも。だれもあなたをオオカミの群れに放り込んだりしやしませんよ。かわいい姪の頼みですからね。大人しく本を読んでいれば、けっこうです。ただし挨拶の時にはお行儀よくなさい」
「はい」

 エリオットはそれ以上の反論を諦めて、大人しくカップに口を付ける。熱すぎる紅茶がじりっと舌を焼き、慌てて飲み込んだ喉に渋みが残る。きょうはもう、可能な限り口を閉じていたほうがよさそうだ。
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