箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
84 / 334
世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

3-2 スーツは戦闘服

しおりを挟む
 自分のネクタイを引っ張りながら見比べていると、バッシュが咳払いした。

「参考にしていただき光栄ですが、わたくしの結び方は襟の大きなシャツに合わせておりますので、ヘインズ公のようにラウンドカラーを選ばれる場合は、ノットが小さくなる基本的な結び方をお勧めいたします」

 そんな違いがあるのか。

 へぇ、とつぶやいたエリオットに、バッシュが「もちろん」と付け足す。

「いまの結び方も間違いではありません。わたくしの余計な口出しでございます」

 これまでベイカーがなにも進言しなかったと言うことは、たしかにマナー違反ではないのだろう。いくら自分に甘い侍従でも、おかしな服装だったら指摘してくれるはずだ。

「でも、そうしたほうがいいんだろ?」
「よりヘインズ公にお似合いになるかと」

 元衣装係の矜持ってやつ?

 もしくは、単なる職業病か。

 エリオットは振り返り、イェオリを見やった。

「イェオリ、結び方分かる?」
「はい」
「じゃあ、車で教えて」
「かしこまりました」

 うなずくのを確認し、バッシュに向き直る。

「ありがと。締め直して行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」

 侍従の事務所に寄ると言うバッシュと別れ、エリオットたちは裏口に向かう。

「ベイカー、あいつ……彼のことだけど」
「わたくしどもは、なにも気にしてはおりませんよ」

 仮にも自分たちが仕える「主人」に横から口を出されるのは、いまも第二王子の筆頭侍従であることを誇らしげに告げたベイカーはおもしろくないのではないか。そんな心配をしたのだが、彼の答えは朗らかだった。

「親しい間柄でいらっしゃることは存じ上げております。また、ヘインズさまがご不快に思われないことに、わたくしどもから申し上げるべきことはございません。それにヘインズさまは、イェオリの職分を慮ってくださいました」

 うわバレてる。わざわざ言わなくていいのに。気にしないとか言いながら、ちょっとおもしろくないんだろ実は。

「待て、それは……」
「わたくしが、なにか?」

 急に名前を出されて、イェオリがきょとんとする。

 あぁ、純粋なままでいてくれ。

「バッシュの進言を受け入れながらも、実際にお手伝いをさせていただけるのは、お仕えするイェオリであると、立場を明確にしてくださったのです。侍従冥利に尽きますね、イェオリ」
「ヘインズさま……」

 エリオットは、頭を抱えて転がり回りたい衝動を抑えるのに必死になった。

 違うんだ、イェオリ。感動に打ち震えるような目でおれを見るな。

 羞恥ではなく罪悪感。
 イェオリをダシにしなければ、バッシュに頼んでしまいそうだったのだ。無防備に顎を上げて、「じゃあ、結んで」と。

 ありえないだろ。

 寝不足で判断能力が落ちているのかもしれない。いくら実家で身内扱いの者しかいないとは言っても気を抜きすぎだ。
 しっかりしなければと、一度大きく肩を上げて落とす。

 書斎を出るまでに感じていた胃痛も吐き気も、どこかに吹き飛んでいた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...