箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

3-2 スーツは戦闘服

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 自分のネクタイを引っ張りながら見比べていると、バッシュが咳払いした。

「参考にしていただき光栄ですが、わたくしの結び方は襟の大きなシャツに合わせておりますので、ヘインズ公のようにラウンドカラーを選ばれる場合は、ノットが小さくなる基本的な結び方をお勧めいたします」

 そんな違いがあるのか。

 へぇ、とつぶやいたエリオットに、バッシュが「もちろん」と付け足す。

「いまの結び方も間違いではありません。わたくしの余計な口出しでございます」

 これまでベイカーがなにも進言しなかったと言うことは、たしかにマナー違反ではないのだろう。いくら自分に甘い侍従でも、おかしな服装だったら指摘してくれるはずだ。

「でも、そうしたほうがいいんだろ?」
「よりヘインズ公にお似合いになるかと」

 元衣装係の矜持ってやつ?

 もしくは、単なる職業病か。

 エリオットは振り返り、イェオリを見やった。

「イェオリ、結び方分かる?」
「はい」
「じゃあ、車で教えて」
「かしこまりました」

 うなずくのを確認し、バッシュに向き直る。

「ありがと。締め直して行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」

 侍従の事務所に寄ると言うバッシュと別れ、エリオットたちは裏口に向かう。

「ベイカー、あいつ……彼のことだけど」
「わたくしどもは、なにも気にしてはおりませんよ」

 仮にも自分たちが仕える「主人」に横から口を出されるのは、いまも第二王子の筆頭侍従であることを誇らしげに告げたベイカーはおもしろくないのではないか。そんな心配をしたのだが、彼の答えは朗らかだった。

「親しい間柄でいらっしゃることは存じ上げております。また、ヘインズさまがご不快に思われないことに、わたくしどもから申し上げるべきことはございません。それにヘインズさまは、イェオリの職分を慮ってくださいました」

 うわバレてる。わざわざ言わなくていいのに。気にしないとか言いながら、ちょっとおもしろくないんだろ実は。

「待て、それは……」
「わたくしが、なにか?」

 急に名前を出されて、イェオリがきょとんとする。

 あぁ、純粋なままでいてくれ。

「バッシュの進言を受け入れながらも、実際にお手伝いをさせていただけるのは、お仕えするイェオリであると、立場を明確にしてくださったのです。侍従冥利に尽きますね、イェオリ」
「ヘインズさま……」

 エリオットは、頭を抱えて転がり回りたい衝動を抑えるのに必死になった。

 違うんだ、イェオリ。感動に打ち震えるような目でおれを見るな。

 羞恥ではなく罪悪感。
 イェオリをダシにしなければ、バッシュに頼んでしまいそうだったのだ。無防備に顎を上げて、「じゃあ、結んで」と。

 ありえないだろ。

 寝不足で判断能力が落ちているのかもしれない。いくら実家で身内扱いの者しかいないとは言っても気を抜きすぎだ。
 しっかりしなければと、一度大きく肩を上げて落とす。

 書斎を出るまでに感じていた胃痛も吐き気も、どこかに吹き飛んでいた。
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