箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

文字の大きさ
上 下
83 / 334
世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

3-1 サロンへ

しおりを挟む
 かくっと頭が揺れて、エリオットは目を開けた。
 一瞬、状況が分からず瞬きする。

「……あれ、寝てた?」
「ほんの数分です」

 センターテーブルの向こうで、イェオリが眉を下げる。
 見回すと、すっかり自室になっている書斎だった。

「お疲れですか?」
「んー、慣れないことしてるからな」

 ハウスに詰めるのは午後のみとは言え、二週間弱でこれだけ続けざまに外出し、人と話すことなど数年来なかったことだ。疲れもするしストレスもたまる。
 エリオットは長椅子に座ったまま、両腕を上げて伸びをした。肩が軋むのと同時に、ふわっとあくびが出る。

「……体調がすぐれないようでしたら、午後の予定はキャンセルいたしますが」
「ドタキャンしたら、あとからなに言われるか分かったもんじゃないぞ」

 これから、上級貴族が集まるサロンへ顔を出す予定なのだ。

 名乗りを上げて回る必要はなく、そこにいるのが当然と言う顔で座っているだけの仕事だ。ただし、顔役的な女伯爵とだけは『挨拶』する。
 いままでファントムキャット扱いだったヘインズ公爵が、公の場に現れたと言う目撃者を作るための工作。もちろん女伯爵は仕込みで、エリオットが「そろそろ」と中座したあとに周りからなにを尋ねられても「なにをお話ししたかですって? 秘密ですわ、うふふ」と煙に巻いてもらう役割だ。
 その辺りの根回しはとっくにすんでいて、紹介もイェオリが取り持ってくれる。
 なぜイェオリなのかと言えば、きょうの集まりはベイカーが『エリオット王子』に仕えていたことを知る者ばかりなので、不要な勘繰りを避けるために筆頭侍従は留守番となったからだ。

 給仕ではなく付き添いとしてサロンに赴くのは初めてらしく、イェオリも緊張しているのかいつもより三割増しで過保護だ。世話を焼いて落ち着くなら好きにしてくれと思うし、正直エリオットも人のことにかまっている余裕はなかった。
 きょうの予定を知らされてから、あまり眠れていない。なにせ、幼いエリオットに人前へ出ることへの苦手意識を植え付けたのが、貴族どもの無遠慮な視線と嘲笑だ。当時、不出来な王子をこき下ろしていた者たちが、貴族会にはまだまだ幅を利かせている。

 胃がいてー。
 しくしく痛みを訴える腹をなでると、空腹だと勘違いしたのかイェオリが尋ねた。

「なにか、軽食をご用意しましょうか?」
「いいよ。向こうでなんか適当につまむ」

 いま食べたら確実に吐くわ。

 それから十分もしないうちに、入室してきたベイカーが「お時間です」と告げる。まったくうれしくない知らせたが、いつまでも椅子に貼りついているわけにもいかない。グレーのジャケットに袖を通しながら書斎を出た。

「あ……」

 イェオリが後ろで扉を閉めたのと同じタイミングで、サイラスの書斎の扉が開き、ブリーフケースを片手にバッシュが現れた。銀の盆や掃除道具なんかを手にしているのはよく目にしたが、ビジネスマンのようなアイテムを装備しているのは初めて見る。

 デキる営業マンって感じだな。

 このまま金融街に放り込んでも、まったく違和感がなさそうだ。
 エリオットが思わず足を止めて眺めていると、向こうもすぐこちらに気付いて一礼する。

「どっか出かけるのか?」
「はい、ヘインズ公。書類を届けにあちこち」

 バッシュが艶のある黒革のカバンを軽く持ち上げて見せる。

「公はどちらへ?」
「サロンに」

 短く答えれば、いつもの温度低めな目がちらりと後ろに控える侍従二人に向いた。それはすぐにエリオットに戻り、首元で止まる。

「出過ぎたことと承知の上で、ひとつ申し上げてよろしいでしょうか」
「なに?」
「もしお時間に余裕がございましたら、ネクタイを直されたほうがよろしいかと存じます」
「ネクタイ?」

 エリオットは苦労して結んだブルーの絹に手をやる。

「なんか変? あんたと同じように結んだつもりなんだけど」

 ネクタイの見本なんてフラットに出入りしていたバッシュくらいしかなかったから、最初に結び方を真似するのに、彼のイメージで動画を探したのだ。ここ数日でようやく慣れてきたと思ったが、どこかおかしかっただろうか。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...