箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第六章

3-1 サロンへ

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 かくっと頭が揺れて、エリオットは目を開けた。
 一瞬、状況が分からず瞬きする。

「……あれ、寝てた?」
「ほんの数分です」

 センターテーブルの向こうで、イェオリが眉を下げる。
 見回すと、すっかり自室になっている書斎だった。

「お疲れですか?」
「んー、慣れないことしてるからな」

 ハウスに詰めるのは午後のみとは言え、二週間弱でこれだけ続けざまに外出し、人と話すことなど数年来なかったことだ。疲れもするしストレスもたまる。
 エリオットは長椅子に座ったまま、両腕を上げて伸びをした。肩が軋むのと同時に、ふわっとあくびが出る。

「……体調がすぐれないようでしたら、午後の予定はキャンセルいたしますが」
「ドタキャンしたら、あとからなに言われるか分かったもんじゃないぞ」

 これから、上級貴族が集まるサロンへ顔を出す予定なのだ。

 名乗りを上げて回る必要はなく、そこにいるのが当然と言う顔で座っているだけの仕事だ。ただし、顔役的な女伯爵とだけは『挨拶』する。
 いままでファントムキャット扱いだったヘインズ公爵が、公の場に現れたと言う目撃者を作るための工作。もちろん女伯爵は仕込みで、エリオットが「そろそろ」と中座したあとに周りからなにを尋ねられても「なにをお話ししたかですって? 秘密ですわ、うふふ」と煙に巻いてもらう役割だ。
 その辺りの根回しはとっくにすんでいて、紹介もイェオリが取り持ってくれる。
 なぜイェオリなのかと言えば、きょうの集まりはベイカーが『エリオット王子』に仕えていたことを知る者ばかりなので、不要な勘繰りを避けるために筆頭侍従は留守番となったからだ。

 給仕ではなく付き添いとしてサロンに赴くのは初めてらしく、イェオリも緊張しているのかいつもより三割増しで過保護だ。世話を焼いて落ち着くなら好きにしてくれと思うし、正直エリオットも人のことにかまっている余裕はなかった。
 きょうの予定を知らされてから、あまり眠れていない。なにせ、幼いエリオットに人前へ出ることへの苦手意識を植え付けたのが、貴族どもの無遠慮な視線と嘲笑だ。当時、不出来な王子をこき下ろしていた者たちが、貴族会にはまだまだ幅を利かせている。

 胃がいてー。
 しくしく痛みを訴える腹をなでると、空腹だと勘違いしたのかイェオリが尋ねた。

「なにか、軽食をご用意しましょうか?」
「いいよ。向こうでなんか適当につまむ」

 いま食べたら確実に吐くわ。

 それから十分もしないうちに、入室してきたベイカーが「お時間です」と告げる。まったくうれしくない知らせたが、いつまでも椅子に貼りついているわけにもいかない。グレーのジャケットに袖を通しながら書斎を出た。

「あ……」

 イェオリが後ろで扉を閉めたのと同じタイミングで、サイラスの書斎の扉が開き、ブリーフケースを片手にバッシュが現れた。銀の盆や掃除道具なんかを手にしているのはよく目にしたが、ビジネスマンのようなアイテムを装備しているのは初めて見る。

 デキる営業マンって感じだな。

 このまま金融街に放り込んでも、まったく違和感がなさそうだ。
 エリオットが思わず足を止めて眺めていると、向こうもすぐこちらに気付いて一礼する。

「どっか出かけるのか?」
「はい、ヘインズ公。書類を届けにあちこち」

 バッシュが艶のある黒革のカバンを軽く持ち上げて見せる。

「公はどちらへ?」
「サロンに」

 短く答えれば、いつもの温度低めな目がちらりと後ろに控える侍従二人に向いた。それはすぐにエリオットに戻り、首元で止まる。

「出過ぎたことと承知の上で、ひとつ申し上げてよろしいでしょうか」
「なに?」
「もしお時間に余裕がございましたら、ネクタイを直されたほうがよろしいかと存じます」
「ネクタイ?」

 エリオットは苦労して結んだブルーの絹に手をやる。

「なんか変? あんたと同じように結んだつもりなんだけど」

 ネクタイの見本なんてフラットに出入りしていたバッシュくらいしかなかったから、最初に結び方を真似するのに、彼のイメージで動画を探したのだ。ここ数日でようやく慣れてきたと思ったが、どこかおかしかっただろうか。
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