上 下
77 / 334
世話焼き侍従と訳あり王子 第五章

2-5 記者

しおりを挟む
 右手で相手の右腕を背中にねじり上げ、左腕で首を押さえこんで誰何する。エリオットが怯えるまでもない、一瞬の早業だった。

「いててて! やめろって!」

 押さえ込まれた男が悲鳴を上げる。その手に握られてたのは、レコーダー。

 おそるおそる近付こうとすると、イェオリに「そこから動かないでください」と注意された。

「記者ですね?」
「そうだよ! 放せって!」
「どこの所属ですか?」
「……『パレード』だ」
「パレード?」
「ゴシップ誌です。――こちらの方に、なんのご用です?」

 律儀にエリオットの疑問に答えてから、イェオリは問いただす。
 記者だと言う男は、痛みに顔をしかめながらエリオットに嫌な笑みを向けた。

「あんた、少し前に王宮の通用口で衛兵ともめてただろ。観光客かと思って写真は撮らなかったのに、タウンゼント家の車に拾われてったから、どう言う関係か広報に問い合わせたけど、なしのつぶてだ。王太子の嫁になろうって令嬢と、どんな関係だ?」
「あの夜のネット記事、あんたか」

 写真が載ってないから、見られてないって油断したな。

 厄介なのに目を付けられた。

「ツーショットでなくて残念だったよ」
「それで、ここでたまたま見かけたから声をかけた?」
「きょうはカルバートンまでお出かけで、エリオット王子ともお知り合いのようだな。あんたどこの坊ちゃんだか知らないが、ますます気になる……いてえ!」
「言葉に気を付けてください」
「いい加減に放せって! 噛みついたりしねぇよ!」

 本当に痛そうだ。イェオリはさほど力を加えているように見えないのに、どう言う仕組みなのだろう。

 エリオットは軽くあごを振った。いくら人通りの少ない道でも、これ以上は騒ぎになる。

「放していい」
「しかし」
「またなにかするなら、手加減しなくていいから」
「……かしこまりました」

 仕方なさそうに解放したイェオリは、腕をさする男にスマートフォンを出させ、写真を撮っていないかデータを確認した。

「のちほど、無礼な取材への抗議を入れさせていただきます」
「好きにしろ。こちとら慣れっこなんでね」

 こちらへ向き直ったのは、どこにでもいそうな四十代半ばの男だった。足元に落ちたキャップはどこかの野球チームのロゴ入りで、赤っぽいネルシャツを肘まで折り曲げている。シワの寄ったチノパンとスニーカーを見る限り、王宮のプレスルームまで出入りするような王室担当記者ではなさそうだ。

 話が聞きたけりゃ、まずひげを剃ってアポを取れ。断るけど。

「残念だけど、王宮の広報がだんまりなら、おれから話せることはなにもないから他あたってくれる?」
「はいそうですかって、名前の一つも聞かずに帰ると思うか?」
「彼に腕折られた上で取材パスの取り消しを申し立てられたくなかったら、帰ったほうがいいよ」

 エリオットがイェオリを指さすと、侍従は淡く微笑んで頭を下げた。
 その笑顔がなにより怖いと言うやつだ。自分がこうむる被害が目に見えているあたり、余計に。

 まさに身に染みて理解させられたばかりの記者は、舌打ちして頭を振ると、キャップを拾って退散した。

「念のため、タクシーを拾ってその辺りを走りましょう」

 イェオリの提案に否はない。このまま帰れば、家を教えるようなものだ。
 ようやく車の流れ始めた大通りへ出て、観光客向けの大型タクシーを止める。
 しばらく後ろに目を光らせる助手席のイェオリへ、エリオットは拍手を送った。

「お見事」
「万全を期すのであれば膝裏を蹴ってひざまずかせるのですが、そこまでは不要と判断いたしました」

 つえー……。

 柳のような痩身と、上品な物腰からは想像もつかない剛腕だ。

「あ、もしかして納得したって……」
「はい。こう言った場面での警護も兼ねてご指名いただいたかと」
「はー……ねぇ、もしかして刀とか持ってる?」
「実家にでしたら」
「わお」

 忍者じゃなくて侍だったのか。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……

鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。 そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。 これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。 「俺はずっと、ミルのことが好きだった」 そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。 お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ! ※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...