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世話焼き侍従と訳あり王子 第五章
2-5 記者
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右手で相手の右腕を背中にねじり上げ、左腕で首を押さえこんで誰何する。エリオットが怯えるまでもない、一瞬の早業だった。
「いててて! やめろって!」
押さえ込まれた男が悲鳴を上げる。その手に握られてたのは、レコーダー。
おそるおそる近付こうとすると、イェオリに「そこから動かないでください」と注意された。
「記者ですね?」
「そうだよ! 放せって!」
「どこの所属ですか?」
「……『パレード』だ」
「パレード?」
「ゴシップ誌です。――こちらの方に、なんのご用です?」
律儀にエリオットの疑問に答えてから、イェオリは問いただす。
記者だと言う男は、痛みに顔をしかめながらエリオットに嫌な笑みを向けた。
「あんた、少し前に王宮の通用口で衛兵ともめてただろ。観光客かと思って写真は撮らなかったのに、タウンゼント家の車に拾われてったから、どう言う関係か広報に問い合わせたけど、なしのつぶてだ。王太子の嫁になろうって令嬢と、どんな関係だ?」
「あの夜のネット記事、あんたか」
写真が載ってないから、見られてないって油断したな。
厄介なのに目を付けられた。
「ツーショットでなくて残念だったよ」
「それで、ここでたまたま見かけたから声をかけた?」
「きょうはカルバートンまでお出かけで、エリオット王子ともお知り合いのようだな。あんたどこの坊ちゃんだか知らないが、ますます気になる……いてえ!」
「言葉に気を付けてください」
「いい加減に放せって! 噛みついたりしねぇよ!」
本当に痛そうだ。イェオリはさほど力を加えているように見えないのに、どう言う仕組みなのだろう。
エリオットは軽くあごを振った。いくら人通りの少ない道でも、これ以上は騒ぎになる。
「放していい」
「しかし」
「またなにかするなら、手加減しなくていいから」
「……かしこまりました」
仕方なさそうに解放したイェオリは、腕をさする男にスマートフォンを出させ、写真を撮っていないかデータを確認した。
「のちほど、無礼な取材への抗議を入れさせていただきます」
「好きにしろ。こちとら慣れっこなんでね」
こちらへ向き直ったのは、どこにでもいそうな四十代半ばの男だった。足元に落ちたキャップはどこかの野球チームのロゴ入りで、赤っぽいネルシャツを肘まで折り曲げている。シワの寄ったチノパンとスニーカーを見る限り、王宮のプレスルームまで出入りするような王室担当記者ではなさそうだ。
話が聞きたけりゃ、まずひげを剃ってアポを取れ。断るけど。
「残念だけど、王宮の広報がだんまりなら、おれから話せることはなにもないから他あたってくれる?」
「はいそうですかって、名前の一つも聞かずに帰ると思うか?」
「彼に腕折られた上で取材パスの取り消しを申し立てられたくなかったら、帰ったほうがいいよ」
エリオットがイェオリを指さすと、侍従は淡く微笑んで頭を下げた。
その笑顔がなにより怖いと言うやつだ。自分がこうむる被害が目に見えているあたり、余計に。
まさに身に染みて理解させられたばかりの記者は、舌打ちして頭を振ると、キャップを拾って退散した。
「念のため、タクシーを拾ってその辺りを走りましょう」
イェオリの提案に否はない。このまま帰れば、家を教えるようなものだ。
ようやく車の流れ始めた大通りへ出て、観光客向けの大型タクシーを止める。
しばらく後ろに目を光らせる助手席のイェオリへ、エリオットは拍手を送った。
「お見事」
「万全を期すのであれば膝裏を蹴ってひざまずかせるのですが、そこまでは不要と判断いたしました」
つえー……。
柳のような痩身と、上品な物腰からは想像もつかない剛腕だ。
「あ、もしかして納得したって……」
「はい。こう言った場面での警護も兼ねてご指名いただいたかと」
「はー……ねぇ、もしかして刀とか持ってる?」
「実家にでしたら」
「わお」
忍者じゃなくて侍だったのか。
「いててて! やめろって!」
押さえ込まれた男が悲鳴を上げる。その手に握られてたのは、レコーダー。
おそるおそる近付こうとすると、イェオリに「そこから動かないでください」と注意された。
「記者ですね?」
「そうだよ! 放せって!」
「どこの所属ですか?」
「……『パレード』だ」
「パレード?」
「ゴシップ誌です。――こちらの方に、なんのご用です?」
律儀にエリオットの疑問に答えてから、イェオリは問いただす。
記者だと言う男は、痛みに顔をしかめながらエリオットに嫌な笑みを向けた。
「あんた、少し前に王宮の通用口で衛兵ともめてただろ。観光客かと思って写真は撮らなかったのに、タウンゼント家の車に拾われてったから、どう言う関係か広報に問い合わせたけど、なしのつぶてだ。王太子の嫁になろうって令嬢と、どんな関係だ?」
「あの夜のネット記事、あんたか」
写真が載ってないから、見られてないって油断したな。
厄介なのに目を付けられた。
「ツーショットでなくて残念だったよ」
「それで、ここでたまたま見かけたから声をかけた?」
「きょうはカルバートンまでお出かけで、エリオット王子ともお知り合いのようだな。あんたどこの坊ちゃんだか知らないが、ますます気になる……いてえ!」
「言葉に気を付けてください」
「いい加減に放せって! 噛みついたりしねぇよ!」
本当に痛そうだ。イェオリはさほど力を加えているように見えないのに、どう言う仕組みなのだろう。
エリオットは軽くあごを振った。いくら人通りの少ない道でも、これ以上は騒ぎになる。
「放していい」
「しかし」
「またなにかするなら、手加減しなくていいから」
「……かしこまりました」
仕方なさそうに解放したイェオリは、腕をさする男にスマートフォンを出させ、写真を撮っていないかデータを確認した。
「のちほど、無礼な取材への抗議を入れさせていただきます」
「好きにしろ。こちとら慣れっこなんでね」
こちらへ向き直ったのは、どこにでもいそうな四十代半ばの男だった。足元に落ちたキャップはどこかの野球チームのロゴ入りで、赤っぽいネルシャツを肘まで折り曲げている。シワの寄ったチノパンとスニーカーを見る限り、王宮のプレスルームまで出入りするような王室担当記者ではなさそうだ。
話が聞きたけりゃ、まずひげを剃ってアポを取れ。断るけど。
「残念だけど、王宮の広報がだんまりなら、おれから話せることはなにもないから他あたってくれる?」
「はいそうですかって、名前の一つも聞かずに帰ると思うか?」
「彼に腕折られた上で取材パスの取り消しを申し立てられたくなかったら、帰ったほうがいいよ」
エリオットがイェオリを指さすと、侍従は淡く微笑んで頭を下げた。
その笑顔がなにより怖いと言うやつだ。自分がこうむる被害が目に見えているあたり、余計に。
まさに身に染みて理解させられたばかりの記者は、舌打ちして頭を振ると、キャップを拾って退散した。
「念のため、タクシーを拾ってその辺りを走りましょう」
イェオリの提案に否はない。このまま帰れば、家を教えるようなものだ。
ようやく車の流れ始めた大通りへ出て、観光客向けの大型タクシーを止める。
しばらく後ろに目を光らせる助手席のイェオリへ、エリオットは拍手を送った。
「お見事」
「万全を期すのであれば膝裏を蹴ってひざまずかせるのですが、そこまでは不要と判断いたしました」
つえー……。
柳のような痩身と、上品な物腰からは想像もつかない剛腕だ。
「あ、もしかして納得したって……」
「はい。こう言った場面での警護も兼ねてご指名いただいたかと」
「はー……ねぇ、もしかして刀とか持ってる?」
「実家にでしたら」
「わお」
忍者じゃなくて侍だったのか。
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