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世話焼き侍従と訳あり王子 第五章
2-4 不意打ち
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カルバートン宮殿からの帰り道は、運悪く帰宅ラッシュの時間と重なった。
首都はどの道も狭く、フラットの周りのパーキングも少ないため、少しでも自宅に近い場所を確保しようとする車で混み合う。もちろんバスや路面電車と言った公共交通機関もあるのだが、そちらは観光客で埋まっていることが多かった。一日の仕事を終えて疲れ切っているところで、休日を満喫している人と乗り合わせるのは辛いものがある。
渋滞に巻き込まれて疲れるのも遠慮したいけどな。
フラットまで目と鼻の先の距離まで来てまったく動く気配のない車列に、エリオットはため息をついた。
ハンドルを握るベイカーに尋ねる。
「ベイカー、イェオリ借りていい?」
「いかがされましたか?」
「歩きたい気分だから、この辺で降りてイェオリにフラットまで送ってもらおうかと思って」
イェオリとベイカーが視線を交わす。一人で帰ると言えば却下されそうだから、最初から道連れを指名してみる。駄目だと言われたら大人しく座っているつもりだけど。
「まだ人通りが多ございますので、お気をつけて。イェオリ、ヘインズさまをご自宅までお送りしなさい」
「かしこまりました」
「ありがと」
通りのど真ん中で注目を浴びたくないので、イェオリより先に自分でドアを開けて車から降りた。
歩道に上がると、イェオリは半歩前に立って歩き出す。徒歩で帰宅する人の姿もあるので、エリオットたちのスーツも、そう目立ちはしなかった。
「イェオリは、あの二人と初対面だった?」
「はい。わたくしが採用された年には、彼らはあちらへ異動しておりましたので」
ベイカーとともにエリオットを担当していた侍従二人には、イェオリを連れて会って来た。
やはり十年分は老けていたけれど、細い金ぶちめがねのひょろりとした長身と、ブラウンの髪をしっかり七三に撫でつけた丸っこい体つきの二人組は、エリオットの記憶通りだった。ここにベイカーが並んで、階段のようだと懐かしく思う。
二人とも、黒髪になったエリオットに「もったないない」と嘆き、背が伸びたことを喜び、そして、ベイカーひとりで手が回らないなら、遠慮なく自分たちも呼んでくれと懇願した。
「よいチームだと感じました」
「偶然だな、おれもだ」
引きこもったまま音沙汰なしの王子を、変わらず思っていてくれた彼らには感謝しかない。
子どものころは、家族やアニー以外のみんなが自分を笑っているような気がしていた。しかしあそこを離れて思い返してみれば、ベイカーたちはエリオットとサイラスを比べたりしなかったし、物陰に隠れてぐずぐずしているのを急き立てることもなかった。信じられないくらい辛抱強い侍従たちだからこそ、長いあいだ空っぽの宮殿で待っていてくれた。
いまさら気づくとか、主人失格だけどな。
そしてエリオットは、臨時の若い侍従の背中を見る。
イェオリはこのあたりの通りをすべて記憶しているのか、人通りのまばらな路地を選んで迷うことなく先導した。ときおり前方から人が来ても、エリオットが通れるくらいの隙間を自然と確保してくれるから、彼の後ろはとても歩きやすい。
屋上から見慣れた街路樹のある通りに出て、セールの札をかけた靴屋の前を通りかかったとき。突然、イェオリの向こう側から見知らぬ男に声をかけられた。
「すみません、あなたタウンゼントさんの車に乗られてましたよね?」
そんな言葉と同時に、なにかが目の前に突き出される。
「うわっ――」
びくりと足を止めるエリオットの前に出たイェオリが、伸ばされた腕をつかむ。と認識するまもなく、男を引き寄せながら体ごと回転させて、ショーウィンドーに押し付けた。あまりの勢いに、ガラスが揺れて男が被っていたキャップが地面に落ちる。
「何者だ」
首都はどの道も狭く、フラットの周りのパーキングも少ないため、少しでも自宅に近い場所を確保しようとする車で混み合う。もちろんバスや路面電車と言った公共交通機関もあるのだが、そちらは観光客で埋まっていることが多かった。一日の仕事を終えて疲れ切っているところで、休日を満喫している人と乗り合わせるのは辛いものがある。
渋滞に巻き込まれて疲れるのも遠慮したいけどな。
フラットまで目と鼻の先の距離まで来てまったく動く気配のない車列に、エリオットはため息をついた。
ハンドルを握るベイカーに尋ねる。
「ベイカー、イェオリ借りていい?」
「いかがされましたか?」
「歩きたい気分だから、この辺で降りてイェオリにフラットまで送ってもらおうかと思って」
イェオリとベイカーが視線を交わす。一人で帰ると言えば却下されそうだから、最初から道連れを指名してみる。駄目だと言われたら大人しく座っているつもりだけど。
「まだ人通りが多ございますので、お気をつけて。イェオリ、ヘインズさまをご自宅までお送りしなさい」
「かしこまりました」
「ありがと」
通りのど真ん中で注目を浴びたくないので、イェオリより先に自分でドアを開けて車から降りた。
歩道に上がると、イェオリは半歩前に立って歩き出す。徒歩で帰宅する人の姿もあるので、エリオットたちのスーツも、そう目立ちはしなかった。
「イェオリは、あの二人と初対面だった?」
「はい。わたくしが採用された年には、彼らはあちらへ異動しておりましたので」
ベイカーとともにエリオットを担当していた侍従二人には、イェオリを連れて会って来た。
やはり十年分は老けていたけれど、細い金ぶちめがねのひょろりとした長身と、ブラウンの髪をしっかり七三に撫でつけた丸っこい体つきの二人組は、エリオットの記憶通りだった。ここにベイカーが並んで、階段のようだと懐かしく思う。
二人とも、黒髪になったエリオットに「もったないない」と嘆き、背が伸びたことを喜び、そして、ベイカーひとりで手が回らないなら、遠慮なく自分たちも呼んでくれと懇願した。
「よいチームだと感じました」
「偶然だな、おれもだ」
引きこもったまま音沙汰なしの王子を、変わらず思っていてくれた彼らには感謝しかない。
子どものころは、家族やアニー以外のみんなが自分を笑っているような気がしていた。しかしあそこを離れて思い返してみれば、ベイカーたちはエリオットとサイラスを比べたりしなかったし、物陰に隠れてぐずぐずしているのを急き立てることもなかった。信じられないくらい辛抱強い侍従たちだからこそ、長いあいだ空っぽの宮殿で待っていてくれた。
いまさら気づくとか、主人失格だけどな。
そしてエリオットは、臨時の若い侍従の背中を見る。
イェオリはこのあたりの通りをすべて記憶しているのか、人通りのまばらな路地を選んで迷うことなく先導した。ときおり前方から人が来ても、エリオットが通れるくらいの隙間を自然と確保してくれるから、彼の後ろはとても歩きやすい。
屋上から見慣れた街路樹のある通りに出て、セールの札をかけた靴屋の前を通りかかったとき。突然、イェオリの向こう側から見知らぬ男に声をかけられた。
「すみません、あなたタウンゼントさんの車に乗られてましたよね?」
そんな言葉と同時に、なにかが目の前に突き出される。
「うわっ――」
びくりと足を止めるエリオットの前に出たイェオリが、伸ばされた腕をつかむ。と認識するまもなく、男を引き寄せながら体ごと回転させて、ショーウィンドーに押し付けた。あまりの勢いに、ガラスが揺れて男が被っていたキャップが地面に落ちる。
「何者だ」
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