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世話焼き侍従と訳あり王子 第四章

2-3 ギャラリーにて

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 一応、ハウスに「招かれている」立場であることを忘れてはいない。エリオットにすれば実家だが、ベイカーの先導を受けて歩くのはそのためだ。

 メイドや侍従たちが出入りする屋敷は、あちこちの部屋の扉が開きっぱなしだから、開放的でプライバシーがない。どこにいてもいいけれど、どこにいても落ち着かない。廊下のそこかしこに増えた監視カメラが、新しい目となり常にエリオットを追いかけてきた。

 ギャラリーは三階にあった。
 イェオリが言った通り、フェリシアのためにエドゥアルドが用意した、絵画が何点か飾ってあるだけの広間とも言えないほどの小さな空間だ。子どものころはさほど意識したことがなかったが、母は息子たちでさえあまりその部屋へ入れたがらなかったような気がする。そんなプライベートな場所へ、付き添いにベイカーを指定して招待されるとなれば、呼ばれているのは「ヘインズ公爵」ではないだろう。

 約束の五分前に到着すると、ギャラリーの扉の前には侍女がひとり控えていた。すでにフェリシアは中で待っているらしい。
 ベイカーが来訪を告げると、エリオットだけが通された。

 遠近感が狂いそうなほど、白一色の壁。天井近くからにょきっと生えた照明が絵画を照らしている。窓はないが、床に仕込まれた間接照明のおかげで暗くはなかった。部屋の中央に三つ連なったスツールが置かれていて、その右端にフェリシアは腰かけていた。

 こんにちは、はおかしいか? ごきげんよう? それも変だろ。

「いらっしゃい。忙しいところごめんなさいね」

 挨拶にさえ迷うエリオットを、フェリシアはあっさりと迎えた。

 どこかへ出かけてきたのか、それともこれから出かける予定があるのか、若いころより色の褪せたシルバーグレイの髪をシンプルに結って、藤色のパンツスーツを着ている。

「座る? それとも立っている方が楽かしら」

 エリオットは真ん中を空けて、端のスツールに腰を下ろした。フェリシアのほっそりした体までは二メートルほど。許容範囲ぎりぎり。

 息子から見ても、フェリシアは美しい人だと思う。誕生から十代までの愛くるしい成長はヘインズの屋敷でアルバムを見せてもらったし、美貌の王妃としてもてはやされた若いころの写真も映像もテレビやネットにあふれているが、歳を重ねてさらに磨きがかかっている。
 国民が夢見る愛らしい娘、貞淑な妻、愛情深い母を、彼女は年代ごとに完ぺきに体現して見せてきた。それが演技などではないことを、幼いころにずっとその腕の中で守られていたエリオットは知っている。

 母の横顔から視線を外し、正面の壁にかけられた絵を見た。

 まず目に飛び込んでくるのは、上下に区別があるのかすら怪しい、一面の緑。しかし少し眺めていると、多様な緑がモザイクのように重なり合い、固まり、あるいは散り散りになってキャンパスを埋め尽くしているのが分かる。上の方が比較的明るくて、下部に暗い色が多い。尖った線、円形のぼかし、左上から斜めに走る直線的なハイライト。それらを観察した上でもう一度全体を視界に収める。

 森。違うな。もっと光のある場所。

「……箱庭」

 言葉にしたら、なぜ気が付かなかったのかと思う。ガゼボを探して踏み分けた下草、新緑の葉を茂らせる木々に、アニーの髪を輝かせた木漏れ日。間違いなくあの場所の絵だ。
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