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世話焼き侍従と訳あり王子 第四章
2-2 招待
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政治や儀式が行われる宮殿の後ろに位置する「ハウス」は、地上三階地下一階の南向き。外観的にはアメリカのホワイトハウスを連想する人が多い。歴史上、ロイヤルファミリーは長いこと宮殿に住んでいたが、近代に入り立憲君主制へ移行した際に住居として建設されたので、イギリスのバッキンガムやフランスのヴェルサイユなんかより、ずっとこじんまりしているのだ。
内部は吹き抜けになった玄関のエントランスホール――例の事故現場――を中央にして部屋が配置されている。三階は王と王妃の寝室、家族のプライベートなリビングもあった。二階に王子たちの部屋とダイニング、侍従たちスタッフの待機部屋があり、一階には各個人の書斎とゲストルームが用意されている。家族が立ち入ることのない地下は、リネン室や厨房だ。
サイラスと打ち合わせがしやすいように、との建前で「ヘインズ公爵」に与えられた部屋は、一階東側にある小さな書斎だった。フラットのダイニングとリビングを足したくらいの大きさで、壁際には空の本棚、中央に応接セット、そして南向きの窓を背に立派なローズウッドの書斎机が鎮座している。
サイラスは「ちょうどだれも使っていないから、自由にしていい」と言ったが、こんな部屋が都合よく空いているわけがない。どう考えても、成人したエリオットにと準備されていたものだ。
いままで一度として戻って来いと言わなかった家族の葛藤を見て、案内されたときはやはり申し訳ない気持ちになったし、本来自分が担うはずだった役割についても考えさせられた。
実際に業者を入れた打ち合わせを始めると、この書斎でそんな殊勝な気分になる余裕など、あっと言う間に吹き飛んだのだが。
「お疲れさまでした」
一人掛けのソファにだらしなく引っかかるエリオットにねぎらいの言葉をかけ、イェオリがセンターテーブルの端へグラスを置く。しっかり熱湯で茶葉を開かせた後、クラッシュアイスに注がれたアイスティー。黒いストローが刺さり、てっぺんにはミントまで添えられていた。
小洒落たカフェみたいだな。たぶんオープンテラス付きで、店員がギャルソンエプロンとか巻いてる感じの。行ったことないけど。
王子さまのティータイム、とでもタグ付けして広報アカウントに流したらファンが喜びそうだ。
ベイカーが業者をエントランスホールまで送って行き、書斎にイェオリしかいないのをいいことに、エリオットは冷たいグラスを掴むと、キンと冷えたそれを一気に吸い上げた。
選帝侯を引き受けて最初の打ち合わせは、衣装についてだった。デザインなどは王室御用達のデザイナーが説明するのをハイハイと頷いていればいいのだが、死活問題なのが採寸である。そばに貼りつかれ、頭から足の先までメジャーを当てられるなんて拷問だ。
自分で測ると主張するエリオットと、正確なデータが必要だと迫るお針子との睨み合いになり、最後には「ヘインズ公はお疲れのご様子です。サイズにつきましては、また後日にいたしましょう」とベイカーが追い出してくれた。
まったくお疲れだよ。
「もう一杯いかがですか?」
ピッチャーを手にイェオリが問いかける。急きょ公爵の世話係に振り分けられ、初対面で「側に寄るな」とオーダーされても、彼は戸惑うことなく働いていた。同じ空間にいるだけで二度くらい温度が上がりそうなバッシュとは真逆で、けして地味なわけではないのに、口を閉じるとふっと存在が薄くなるような感じ。
実は忍者の末裔とか……なんてな。
「いや、いい。このあとはなにか予定ある?」
なければ帰りたい、と言う意図で聞いたのだが、生真面目な侍従兼フットマンはよどみなく答える。
「フェリシア妃より、ギャラリーへのご招待が来ております。」
母よ、おとといのディナーだけでは足りなかったか。
「ギャラリー?」
「はい。陛下の個人的なコレクションのための部屋で、わたくしども使用人も立ち入りは制限されております。ご家族以外をお招きになることは初めてかと」
ああ、あったなそんな部屋。
「分かった。何時?」
「十六時に。陛下のご指示により、ベイカーがお供いたします」
あと三十分もない。打ち合わせを切り上げたのも、エリオットへの助け舟と同時にこの後の予定が押していたからか。
ずずっと音を立ててアイスティーを飲み干したところで、見ていたようにベイカーが戻って来た。
内部は吹き抜けになった玄関のエントランスホール――例の事故現場――を中央にして部屋が配置されている。三階は王と王妃の寝室、家族のプライベートなリビングもあった。二階に王子たちの部屋とダイニング、侍従たちスタッフの待機部屋があり、一階には各個人の書斎とゲストルームが用意されている。家族が立ち入ることのない地下は、リネン室や厨房だ。
サイラスと打ち合わせがしやすいように、との建前で「ヘインズ公爵」に与えられた部屋は、一階東側にある小さな書斎だった。フラットのダイニングとリビングを足したくらいの大きさで、壁際には空の本棚、中央に応接セット、そして南向きの窓を背に立派なローズウッドの書斎机が鎮座している。
サイラスは「ちょうどだれも使っていないから、自由にしていい」と言ったが、こんな部屋が都合よく空いているわけがない。どう考えても、成人したエリオットにと準備されていたものだ。
いままで一度として戻って来いと言わなかった家族の葛藤を見て、案内されたときはやはり申し訳ない気持ちになったし、本来自分が担うはずだった役割についても考えさせられた。
実際に業者を入れた打ち合わせを始めると、この書斎でそんな殊勝な気分になる余裕など、あっと言う間に吹き飛んだのだが。
「お疲れさまでした」
一人掛けのソファにだらしなく引っかかるエリオットにねぎらいの言葉をかけ、イェオリがセンターテーブルの端へグラスを置く。しっかり熱湯で茶葉を開かせた後、クラッシュアイスに注がれたアイスティー。黒いストローが刺さり、てっぺんにはミントまで添えられていた。
小洒落たカフェみたいだな。たぶんオープンテラス付きで、店員がギャルソンエプロンとか巻いてる感じの。行ったことないけど。
王子さまのティータイム、とでもタグ付けして広報アカウントに流したらファンが喜びそうだ。
ベイカーが業者をエントランスホールまで送って行き、書斎にイェオリしかいないのをいいことに、エリオットは冷たいグラスを掴むと、キンと冷えたそれを一気に吸い上げた。
選帝侯を引き受けて最初の打ち合わせは、衣装についてだった。デザインなどは王室御用達のデザイナーが説明するのをハイハイと頷いていればいいのだが、死活問題なのが採寸である。そばに貼りつかれ、頭から足の先までメジャーを当てられるなんて拷問だ。
自分で測ると主張するエリオットと、正確なデータが必要だと迫るお針子との睨み合いになり、最後には「ヘインズ公はお疲れのご様子です。サイズにつきましては、また後日にいたしましょう」とベイカーが追い出してくれた。
まったくお疲れだよ。
「もう一杯いかがですか?」
ピッチャーを手にイェオリが問いかける。急きょ公爵の世話係に振り分けられ、初対面で「側に寄るな」とオーダーされても、彼は戸惑うことなく働いていた。同じ空間にいるだけで二度くらい温度が上がりそうなバッシュとは真逆で、けして地味なわけではないのに、口を閉じるとふっと存在が薄くなるような感じ。
実は忍者の末裔とか……なんてな。
「いや、いい。このあとはなにか予定ある?」
なければ帰りたい、と言う意図で聞いたのだが、生真面目な侍従兼フットマンはよどみなく答える。
「フェリシア妃より、ギャラリーへのご招待が来ております。」
母よ、おとといのディナーだけでは足りなかったか。
「ギャラリー?」
「はい。陛下の個人的なコレクションのための部屋で、わたくしども使用人も立ち入りは制限されております。ご家族以外をお招きになることは初めてかと」
ああ、あったなそんな部屋。
「分かった。何時?」
「十六時に。陛下のご指示により、ベイカーがお供いたします」
あと三十分もない。打ち合わせを切り上げたのも、エリオットへの助け舟と同時にこの後の予定が押していたからか。
ずずっと音を立ててアイスティーを飲み干したところで、見ていたようにベイカーが戻って来た。
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