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世話焼き侍従と訳あり王子 第四章
1-5 久しぶりと初めまして
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十年、息子に会えなかった母親のパワーを甘く見ていた。
エリオットは長椅子に横たわり、長いため息をつく。
小さめの応接間と寝室にバスルームがついたゲストルームは、エリオットのほかにだれもいない。天井まである窓には分厚いカーテンが引かれ、糊のきいた白いシーツがまぶしいベッドには着替えまで用意されていた。
「なだめるって言ったのに、ラスの嘘つき」
いや、一応なだめてはくれたのだ。
リビングでエリオットに突進しようとした母フェリシアを、体を張って止めてくれたし、すぐに元の部屋を用意させよう言うのを「エリオットはヘインズ公爵として来てくれたから」と、はっきり断ってくれた。
しかしフェリシアはなかなか落ち着いてくれず、結局は隣の席に押し込められたディナーで、きょうだけゲストとして泊まっていくことを了承させられた。
おれは寄宿学校から帰省した子どもか。
まぁ、それだって一年に何度も顔を見る。十年も無沙汰をしたのはエリオットだから、さすがにそれ以上、母を説得してくれとは言えなかった。
「疲れた……」
この一ヵ月、バッシュと言う他人と長時間すごしていたとは言え、侍従モードの彼は努めて平静に振る舞っている。ナサニエルも落ち着いたタイプだから、いきなりミシェルも含む三対一の状況で好意百パーセントの熱量は完全に容量オーバーである。
額をぐりぐりと座面にこすりつけていると、ドアがノックされた。
「はい」
「ベイカーでございます」
扉越しに聞こえた声に、エリオットは慌てて起き上がって乱れた髪を直す。
「どうぞ」
「失礼いたします」
入室してきたベイカーは、長椅子から立ち上がったエリオットに歩み寄り、深々と頭を下げる。適切とされるそれより広く取られた間合いに、こちらの事情が伝わっているのが分かった。
バッシュのように、コンマ数センチまできっちり測ったような堅苦しさがない代わりに、ベイカーからは丁寧で安心感のある印象を受ける。
年の功ってやつ?
「久しぶり、ベイカー」
「はい、殿下」
エリオットの側にいたころは五十代だったはずだが、小びんに少し白いものがあったくらいの髪は、全体的に白髪へと変わっていた。目線も若干だけどエリオットの方が高くなり、目じりのしわがよく見える。記憶よりずいぶん老けた。
顔を上げたベイカーは、外見の大きく変わったかつての主人を見ても、驚くことなく目元を和ませる。
「ご立派になられました」
「背が伸びただけだよ」
自嘲しながら、エリオットは少し驚いていた。
世話係にベイカーを指名したのはエリオットだが、時間も時間だったから呼び寄せられるのは数日後だと思っていた。気が変わると困ると思ったのか、サイラスの手配は迅速なことこの上ない。そして、招へいにすぐさまベイカーが応じてくれたことは、素直にうれしかった。
「ラスから聞いた?」
「はい。ひとまずご成婚の儀が終わるまで、殿下のお世話を、とうかがっております」
「うん、急で悪いけど」
「お側にお呼びいただき、たいへん光栄に存じます、殿下」
「あ、待って。王子として戻るかは、まだ決めたわけじゃないんだ。殿下はやめてほしい」
「では、ヘインズさまとお呼びいたします。さっそくでございますが、わたくしの補佐を一人、ご紹介申し上げてよろしゅうございますか」
「うん」
ベイカーが声をかけると、扉が開いて廊下に待機していたらしい青年が折り目正しく一礼した。
「イオリ・オオツキと申します」
「フットマンですが、特別に侍従を兼ねることとなりました。わたくしが不在のときも、常にこの者をお側に置いてくださいますよう、お願い申し上げます」
紹介されてお辞儀をしたのは、東洋系の青年だった。フットマンと言うだけあって、洗練された外見だ。艶のある純度の高い黒髪と、インクを垂らしたような黒い瞳。年齢はたぶん同じくらいだと思うが、ちょっとよく分からない。凛としたたたずまいは、水仙を連想させた。
「オヅキ……ウォヅキ? 違うな。ごめん、練習する」
「この者はイェオリとお呼びください。みな正確な発音が怪しいので、そのほうが通りがようございます」
「いいのか?」
「もちろんです、ヘインズさま」
イェオリはすかさず会釈する。彼もまだ分度器だ。
エリオットは長椅子に横たわり、長いため息をつく。
小さめの応接間と寝室にバスルームがついたゲストルームは、エリオットのほかにだれもいない。天井まである窓には分厚いカーテンが引かれ、糊のきいた白いシーツがまぶしいベッドには着替えまで用意されていた。
「なだめるって言ったのに、ラスの嘘つき」
いや、一応なだめてはくれたのだ。
リビングでエリオットに突進しようとした母フェリシアを、体を張って止めてくれたし、すぐに元の部屋を用意させよう言うのを「エリオットはヘインズ公爵として来てくれたから」と、はっきり断ってくれた。
しかしフェリシアはなかなか落ち着いてくれず、結局は隣の席に押し込められたディナーで、きょうだけゲストとして泊まっていくことを了承させられた。
おれは寄宿学校から帰省した子どもか。
まぁ、それだって一年に何度も顔を見る。十年も無沙汰をしたのはエリオットだから、さすがにそれ以上、母を説得してくれとは言えなかった。
「疲れた……」
この一ヵ月、バッシュと言う他人と長時間すごしていたとは言え、侍従モードの彼は努めて平静に振る舞っている。ナサニエルも落ち着いたタイプだから、いきなりミシェルも含む三対一の状況で好意百パーセントの熱量は完全に容量オーバーである。
額をぐりぐりと座面にこすりつけていると、ドアがノックされた。
「はい」
「ベイカーでございます」
扉越しに聞こえた声に、エリオットは慌てて起き上がって乱れた髪を直す。
「どうぞ」
「失礼いたします」
入室してきたベイカーは、長椅子から立ち上がったエリオットに歩み寄り、深々と頭を下げる。適切とされるそれより広く取られた間合いに、こちらの事情が伝わっているのが分かった。
バッシュのように、コンマ数センチまできっちり測ったような堅苦しさがない代わりに、ベイカーからは丁寧で安心感のある印象を受ける。
年の功ってやつ?
「久しぶり、ベイカー」
「はい、殿下」
エリオットの側にいたころは五十代だったはずだが、小びんに少し白いものがあったくらいの髪は、全体的に白髪へと変わっていた。目線も若干だけどエリオットの方が高くなり、目じりのしわがよく見える。記憶よりずいぶん老けた。
顔を上げたベイカーは、外見の大きく変わったかつての主人を見ても、驚くことなく目元を和ませる。
「ご立派になられました」
「背が伸びただけだよ」
自嘲しながら、エリオットは少し驚いていた。
世話係にベイカーを指名したのはエリオットだが、時間も時間だったから呼び寄せられるのは数日後だと思っていた。気が変わると困ると思ったのか、サイラスの手配は迅速なことこの上ない。そして、招へいにすぐさまベイカーが応じてくれたことは、素直にうれしかった。
「ラスから聞いた?」
「はい。ひとまずご成婚の儀が終わるまで、殿下のお世話を、とうかがっております」
「うん、急で悪いけど」
「お側にお呼びいただき、たいへん光栄に存じます、殿下」
「あ、待って。王子として戻るかは、まだ決めたわけじゃないんだ。殿下はやめてほしい」
「では、ヘインズさまとお呼びいたします。さっそくでございますが、わたくしの補佐を一人、ご紹介申し上げてよろしゅうございますか」
「うん」
ベイカーが声をかけると、扉が開いて廊下に待機していたらしい青年が折り目正しく一礼した。
「イオリ・オオツキと申します」
「フットマンですが、特別に侍従を兼ねることとなりました。わたくしが不在のときも、常にこの者をお側に置いてくださいますよう、お願い申し上げます」
紹介されてお辞儀をしたのは、東洋系の青年だった。フットマンと言うだけあって、洗練された外見だ。艶のある純度の高い黒髪と、インクを垂らしたような黒い瞳。年齢はたぶん同じくらいだと思うが、ちょっとよく分からない。凛としたたたずまいは、水仙を連想させた。
「オヅキ……ウォヅキ? 違うな。ごめん、練習する」
「この者はイェオリとお呼びください。みな正確な発音が怪しいので、そのほうが通りがようございます」
「いいのか?」
「もちろんです、ヘインズさま」
イェオリはすかさず会釈する。彼もまだ分度器だ。
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