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世話焼き侍従と訳あり王子 第四章

1-4 そう言うところだよ

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 兄と幼馴染の親密さに目を泳がせていたエリオットは、勧められたソファに腰を下ろしてようやく息をつく。

 勢いだけでフラットを出てきたので、実のところどうやって家族の前に立つかはノープランだった。ミシェルに捕まえてもらったのは幸運としか言いようがない。もっと胃がねじ切れるような不安とか、そう言うもので動けなくなるかもしれないと危惧していた。でも彼女が楽しそうに先を歩いていくから、二度と足を踏み入れることはないと――大げさでなく――思っていたハウスに帰ることができたのだ。

 そして、あの夜から一度も直に顔を見ることがなかったサイラスが、目の前に座っている。

「ラス、その……足は平気?」

 床に落ちた雑誌を拾い上げたサイラスは、陰りのない笑顔でうなずいた。

「もちろん。きれいにくっついて後遺症もない。全速力で走れるし乗馬もできる。ついでに空軍で戦闘機にも乗った」
「知ってる」
「骨折なんて、誰でも一度くらい経験するさ」
「ごめん」
「エリオット、あれは事故だよ。わたしたちの間に、謝らなければならないことなどない。そうだろう?」
「うん……」

 不意打ちの衝撃からすっかり立ち直ったサイラスは、肘置きに頬杖をつきエリオットを見つめる。明るい光彩の瞳には、所在なくジャケットの裾を引っ張る弟がどう映っているんだろう。

「……なに?」
「いや、あんがい黒髪も似合うなと思って。わたしも染めてみようかな」
「ミシェルが悲鳴を上げるよ」
「どうかな、面白がって『わたしはピンクにする』とか言いそうだ」

 たしかに。

 エリオットがうなずくと、サイラスは一度扉の方に目をやってから、さらりと尋ねた。

「残念ながら父さんは外遊中で留守だが、母さんが飛び込んでくる前に、わたしに言っておきたいことはあるか?」

 ナサニエルがサイラスを「おおむね善良」と評したのは、こう言うところを指している。

 あるに決まってるだろう。この兄が自分を放っておいてくれたら、バッシュと会うことも初恋を粉砕されることも新しい恋をすることもなく、平穏無事に道楽貴族を続けられたのだ。

 間違いなく優しい人間だけれど、それだけではない。必要であれば、こうして弟にだって現実を突き付けてくる。しかし、それも王太子として必要な要素なのだ。

「選帝侯、努力したいとは思ってる。でも、もしダメだったらごめん」
「いや、お前にとって辛いことを強いていることは分かっている。努力はしてほしいけど、お前を追い詰めたいんじゃない」
「あと、ここへ戻るわけじゃないから」

 エリオットの家は、あのフラットだ。

 いますぐ王子の立場を明確にするつもりはないと言う牽制を、「母さんは上手くなだめるよ」と言っただけで、サイラスは受け入れた。

「こちらでの補佐が必要だな。だれがいい? やはりアレク?」

 アレク? あぁ、「アレク」か「単なるバッシュ」だったっけ。

「いや……あいつはいい」
「若いけど優秀な男だろう? だからお前のところへ行かせたし、ジョージからは上手くやっているようだと聞いていたけど、ケンカでもしたのか?」

 ケンカではない。一方的に、エリオットがシャッターを閉めただけ。

 話し合おうと言われたのに、こんな勝手なことをしていると知ったら、どんな顔をするか考えるだけで恐ろしい。

 くそニート呼ばわりじゃすまないだろうな。

 エリオットが王宮に現れたと、いつ耳に入るだろう。バッシュがもうここへ戻っているなら、すでに時間の問題だ。しかし、そのときにはもう遅い。

「何をやらせてもむかつくくらい優秀だったよ。でも侍従長が目をかけてるなら、将来を嘱望されてるってことじゃないか。チームから引き抜かれたら困るんじゃないの」
「だが、ほかに適任となると……」
「ベイカーはどうしてる?」
「あぁ、彼はまだ現役だよ。いまは離宮を任せているけど、お前の指名だと言えば飛んでくるだろう」
「じゃあ、ベイカーに頼む」
「分かった。ほかに希望があったら何でも言ってくれ。できるかぎり、お前の負担にならないようにしたいと思っている」

 目先の懸案事項だけすり合わせたところでタイムアップだった。派手に扉が開き、フェリシアが息を切らせて転がるように飛び込んで来る。

「エリオット!」

 げっ!

 またハグの流れかと腰を浮かせたエリオットに苦笑して、サイラスが母親を「なだめる」ために立ち上がった。
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