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世話焼き侍従と訳あり王子 第四章

1-3 ミシェル

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 ミシェルは子どものころ以来のエリオットに喜びはしたものの、連絡もなしに訪ねてきた理由については問わなかった。それどころか、せっかくだからサイラスを驚かせようと言い、裏口からエリオットを招き入れる。

「エリオット、きょうはディナーを食べて行くの?」
「いや、別に招待された訳じゃなくて……なにも考えてなかった」
「わたしはドレスの調整で呼ばれたんだけど、あなたが食べて行くならわたしもそうしようかしらって」
「あぁ、何十万だかするドレス?」
「母がはりきってるのよ。念のために言っておくけど、税金は一ユーロだって使わないわよ」
「知ってる。『資産のタウンゼント』だし」
「あら、『伝統のヘインズ』にはかなわないわ」

 同じ公爵位を持つ家同士に対し社交界でささやかれる嫌味の応酬も、ミシェルは面白がっている。紐を引かれる風船のように、ふわふわと運ばれて行く不思議な心地だ。

 こんなに明るかったっけ。

 幾何学模様のじゅうたんが敷かれた廊下を歩きながら、エリオットは高い天井を見上げる。

 王宮の一部ではあるものの、夏場のごく短い期間を除き観光客には公開されていない、王族の私的な屋敷。便宜上「ハウス」と呼びならわされている一角は、熟知しているはずの記憶よりずいぶん彩度と明度が高い気がした。モノクロで見た映画を、リマスター版でカラーにしたような、知っているけど知らない風景。

 すれ違うたびに会釈する使用人たちの顔ぶれも、記憶とは重ならない。ミシェルが泣き虫から押しの強い女性へと変わったように、王宮もまた十年分の月日を更新しているのだ。ここを去ったエリオットの影などおかまいなしに。

「ここで待っていて」

 三階にある家族のリビングまで来ると、ミシェルはエリオットを振り返り唇の前に人差し指を立ててから扉を開けた。

 室内は、あまりエリオットの記憶と齟齬がなかった。模様替えや調度の入れ替えはしているのだろうが、全体的な雰囲気は変わらない。そしてミシェルが言った通り、キャビネットやサイドテーブル、テレビ台の上など、至るとこに写真立てがあった。

 暖炉の前に置かれた応接セットに、サイラスが背を向けて座っている。本でも読んでいるのか、少しうつむき加減で。

「ラス、とっても素敵なお客さまよ」
「お客さま? そんな予定は……」

 振り返ったサイラスが、ミシェルと、半分扉に隠れたエリオットを見て瞬きをした。

「……エリオット?」

 幻でも見たような顔でソファから立ち上がると、ばさりと足元に落ちた雑誌にも構わず両腕を広げる。

「エリオットか? 本当に?」

 待て、これ抱擁の流れか? 無理なんですけど!

 喜色満面でハグしそうになったサイラスだったが、エリオットがひるんだのは見逃さなかった。はっとして数歩手前で踏みとどまり腕をおろすと、それでもそわそわと手を結んでは開く。

「あぁ、すまない、驚いてしまって」
「いや、大丈夫……」

 悲鳴を上げて卒倒する事態は回避できて、エリオットはほっとする。

 目の前に立ったサイラスは、テレビで見るよりゴージャスだった。
 少し癖のある赤みがかったブロンド。二重まぶたに縁取られた、吸い込まれそうな空色の瞳。なめらかにカーブを描く鼻梁と、世の女性を虜にする子どものように赤い唇。

「久しぶりだね。元気にしていたか? ずいぶん背が伸びた」

 最後に会ったときはこれくらいだった、と腰のあたりで手を振るので、ミシェルと一緒に噴き出した。

「さすがにそこまでじゃない」
「そうかな」

 肩をすくめたサイラスは、兄弟の再開をほほえましく見守っていたミシェルを抱き寄せる。

「驚いたよ。どんな魔法を使って連れてきてくれたのかな」
「通用口のセキュリティに止められてたのを、運よく捕まえたの」
「さすがだ」

 ミシェルは婚約者の頬にキスをすると、「フェリシアさまにお知らせしてくるわね」と言って席を外した。
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