箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第四章

1-1 実家の敷居がまたげない

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 この融通の利かない石頭め。だれだこいつを採用したのは。人事責任者の首を飛ばしてやる。

「ですから、ここは関係者の通用口なんです。王宮の見学はチケット売り場が西門のところにありますから、そちらへ回ってもらえます?」

 関係者だよボケ。王子さまのご帰還だぞ、頭が高いわ。

 雨上がりに黒ずむ石畳を睨みつけながら、エリオットは心の中で王宮の通用口に立つ衛兵を罵倒した。

『明日、もう一度話そう』

 バッシュはそう言ったが、エリオットはそれを待つつもりなどなかった。

 庭園で別れてからすぐに部屋へ戻り、成人した年にマイルズがあつらえてくれたものの、タンスの肥やしになっていたスーツたちから、濃紺の一着を選んで引っ張り出した。幸いにと言うか悲しむべきかサイズもさほど変わっていなくて、ネクタイの結び方は分からなかったけれど、充電コードにつないだスマートフォンで動画を探し、なんとか格好をつける。
 シューズボックスの隅に収められていた革靴は、ぴかぴかに磨かれて出番を待っていた。バッシュの仕業だとすぐに分かって、足を突っ込みながら笑いそうだった。使う予定のないものにまで手入れを怠らない。侍従の鏡。

 一階のエントランスを出るころには、雨はすっかり上がっていた。
 財布も持たず、ポケットには部屋の鍵と半分まで充電したスマートフォン。身軽なのは決意の表れなんて格好のいいものじゃなく、気が変わったバッシュが戻って来たらまずいと言う焦りだ。

 王宮までは歩いても三十分とかからないけれど、観光地でもある首都は夕方でも人出が多かった。大きな荷物を肩から下げて、雨宿りをしていたであろうカフェやショップからぞろぞろと吐き出されてくる。初夏にふさわしく薄着で歩く人波の中、一滴とぽんと夜を垂らしたようなエリオットのスーツは、ひどく場違いに見えた。
 きっとバッシュなら、明るい街中でもあの三つ揃えで堂々と風を切って行くだろう。

 なるべく人通りの少ない道の端を歩き、観光客が列をなす西門ではなく、子どものころに出入りしていた通用口へ回ったのだが。

「あなたマスコミの人? 身分証は?」

 コスプレにしか見えない赤い制服を着て、ヘルメットを被った衛兵に止められた。

 王族と言うのはじつに厄介なもので、一般的に身分証になる保険証やパスポートなどを所持していない。車だって運転しないから免許証もないし、クレジットカードでは身分の証明にならない。当たり前だ。よほどのお忍びでない限り、王子さまは「身分証出して」なんて言われる場面に遭遇しない。すべてが顔パス、もしくは同行者が万事整える。

 お付きもいない、アポもないのに通せと言う若者など、不審者以外の何者でもないだろう。
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