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世話焼き侍従と訳あり王子 第三章
3-2 落雷
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「以前、この庭園を懐かしく感じたと申し上げましたが」
まだ不安定にゴロゴロと空が鳴り、雨に濡れて白っぽくなった庭を眺めるエリオットに、バッシュが口を開いた。
「言ってたな、そんなこと」
「子どものころに出入りしていた、王宮の庭園に似ているんだと思います」
「……え?」
王宮の?
半身になってガゼボの外を向いていた体ごと、バッシュを振り返る。
「わたしは父が外交官で、十歳まで外国暮らしでした。シルヴァーナに戻ってからしばらく、父の紹介で王宮に出入りさせていただきました。上流階級の子どもたちが自由に遊んでいた『箱庭』です」
「あんたが、箱庭に?」
だって、実家の家族は公務員って……あぁ、外交官も公務員だな。政府の上級職員じゃないか。
いわゆる上位中産階級と言うやつだ。箱庭に出入りする資格はある。
「はい。考えてみれば、そこであなたにお会いしていても不思議ではないなと。わたしは帰国子女と言うことで遠巻きにされておりましたし、公爵家のご子息は殿下のお側にいらっしゃったでしょうが」
そこで急に笑い、バッシュは「失礼」と口元を押さえる。
「なにがおかしいんだよ」
「いえ、毛並みのいい少年に、花をもらったことを思い出しまして」
息が、止まるかと思った。いや、間違いなく心臓は一瞬止まった。
凍り付いたエリオットをよそに、遠い思い出をなぞるようにバッシュの目が宙を漂う。
「毎日、どこかから一本だけ花を持って来るんです。しまいには好きな花をあげるから結婚してくれって。ませてるでしょう」
「なんて……答えたんだ」
「残念ながら、そこまでは覚えていません。虹色とか、適当に答えたかもしれませんが、十歳かそこらの子どものころのことですし。半年もたたず父に次の任地が決まり、アジアの方を点々としておりましたので、それきり会う機会もなく。すっかり忘れていましたが、もしかするとあの方は……」
「あんた、名前は」
不意に真剣な表情をしたバッシュの言葉を遮って、エリオットは尋ねる。いつの間にか立ち上がっていた。
「なんて呼ばれてた?」
「あぁ、本名を明かさないと言うルールもありましたね。あれは意味があるんでしょうか? いくら子どもでも、名前を隠したくらいで身分まで隠せ……」
「なんて呼ばれてたんだよ!」
ざあざあと響く雨の音が耳障りだ。うるさい静かにしてくれ、いまこいつの答えを聞かなきゃならないんだ。
知りたくもない答えを。
「……アニーです」
空を割るような轟音を響かせて、雷が落ちた。
白くフラッシュする稲光に、バッシュの驚く顔が照らされる。地面に突き刺さる雨が緞帳のようにガゼボを包んで、世界からエリオットを切り離した。
「アニー……」
お前か。
よりによってお前か。
あのふわふわの綿あめみたいな髪をした女の子が、この胸筋ゴリラに?
「育ちすぎ……」
「ヘインズさま?」
ふらふらとベンチに座り込み、両手で顔を覆う。
たしかに同じオウゴンマサキの髪だと思ったし、思い返してみれば性別を尋ねたことはなかった。サイラスとは違うタイプの、ひだまりみたいな雰囲気をエリオットが勝手に勘違いしただけ。
だって普通、聞かないだろ! 「きみ、可愛いね、女の子?」とか聞いたら変態だろ!
でも、じゃあなにか。自分が口にした言葉も、今この瞬間まできれいさっぱり忘れ去って「いい思い出」みたく語るくそ侍従のために、おれは何年もこつこつ花をいじってきたのか。
「おい、エリオット? 大丈夫か?」
死にたい。
「エリオット!」
バッシュの焦った声が、頭の中で鐘のように反響する。本当に久しぶりに、エリオットは気を失ってひっくり返った。
まだ不安定にゴロゴロと空が鳴り、雨に濡れて白っぽくなった庭を眺めるエリオットに、バッシュが口を開いた。
「言ってたな、そんなこと」
「子どものころに出入りしていた、王宮の庭園に似ているんだと思います」
「……え?」
王宮の?
半身になってガゼボの外を向いていた体ごと、バッシュを振り返る。
「わたしは父が外交官で、十歳まで外国暮らしでした。シルヴァーナに戻ってからしばらく、父の紹介で王宮に出入りさせていただきました。上流階級の子どもたちが自由に遊んでいた『箱庭』です」
「あんたが、箱庭に?」
だって、実家の家族は公務員って……あぁ、外交官も公務員だな。政府の上級職員じゃないか。
いわゆる上位中産階級と言うやつだ。箱庭に出入りする資格はある。
「はい。考えてみれば、そこであなたにお会いしていても不思議ではないなと。わたしは帰国子女と言うことで遠巻きにされておりましたし、公爵家のご子息は殿下のお側にいらっしゃったでしょうが」
そこで急に笑い、バッシュは「失礼」と口元を押さえる。
「なにがおかしいんだよ」
「いえ、毛並みのいい少年に、花をもらったことを思い出しまして」
息が、止まるかと思った。いや、間違いなく心臓は一瞬止まった。
凍り付いたエリオットをよそに、遠い思い出をなぞるようにバッシュの目が宙を漂う。
「毎日、どこかから一本だけ花を持って来るんです。しまいには好きな花をあげるから結婚してくれって。ませてるでしょう」
「なんて……答えたんだ」
「残念ながら、そこまでは覚えていません。虹色とか、適当に答えたかもしれませんが、十歳かそこらの子どものころのことですし。半年もたたず父に次の任地が決まり、アジアの方を点々としておりましたので、それきり会う機会もなく。すっかり忘れていましたが、もしかするとあの方は……」
「あんた、名前は」
不意に真剣な表情をしたバッシュの言葉を遮って、エリオットは尋ねる。いつの間にか立ち上がっていた。
「なんて呼ばれてた?」
「あぁ、本名を明かさないと言うルールもありましたね。あれは意味があるんでしょうか? いくら子どもでも、名前を隠したくらいで身分まで隠せ……」
「なんて呼ばれてたんだよ!」
ざあざあと響く雨の音が耳障りだ。うるさい静かにしてくれ、いまこいつの答えを聞かなきゃならないんだ。
知りたくもない答えを。
「……アニーです」
空を割るような轟音を響かせて、雷が落ちた。
白くフラッシュする稲光に、バッシュの驚く顔が照らされる。地面に突き刺さる雨が緞帳のようにガゼボを包んで、世界からエリオットを切り離した。
「アニー……」
お前か。
よりによってお前か。
あのふわふわの綿あめみたいな髪をした女の子が、この胸筋ゴリラに?
「育ちすぎ……」
「ヘインズさま?」
ふらふらとベンチに座り込み、両手で顔を覆う。
たしかに同じオウゴンマサキの髪だと思ったし、思い返してみれば性別を尋ねたことはなかった。サイラスとは違うタイプの、ひだまりみたいな雰囲気をエリオットが勝手に勘違いしただけ。
だって普通、聞かないだろ! 「きみ、可愛いね、女の子?」とか聞いたら変態だろ!
でも、じゃあなにか。自分が口にした言葉も、今この瞬間まできれいさっぱり忘れ去って「いい思い出」みたく語るくそ侍従のために、おれは何年もこつこつ花をいじってきたのか。
「おい、エリオット? 大丈夫か?」
死にたい。
「エリオット!」
バッシュの焦った声が、頭の中で鐘のように反響する。本当に久しぶりに、エリオットは気を失ってひっくり返った。
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