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世話焼き侍従と訳あり王子 第三章
3-1 すべての山にのぼれ
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槍は降らなかったが、雨になった。
それもあいだを取ったかのような、突然の雷雨。
久しぶりに友人を訪ねた翌日。バッシュに手伝わせて屋上での作業中、階下や小屋に避難する暇もなく滝ような土砂降りになり、二人してガゼボへ逃げ込んだ。
「こう言う映画がありましたね。親の目を盗んで若い男女がデートをしていたら雨が降ってきて、四阿で雨宿りする」
「……サウンドオブミュージック?」
「ええ、それです」
ベンチに腰かけたエリオットは、入り口に佇むバッシュを見上げてにやりと笑った。
「それでは歌っていただきましょう」
「いえ、歌はちょっと……」
キューを送ると、バッシュはしぶしぶ鼻歌で「もうすぐ十七歳」を歌いだす。
本当にへたくそだった。
遠慮なく笑うと、麦わら帽子も似合わないし歌も下手なバッシュが、距離を取ったまま手を差し出す。
「ベンチをぐるぐる回りますか?」
「ひざまずいてくれるのか?」
「年上で賢い保護者が必要でしたら」
「いらないよ」
それは残念、とバッシュは手を胸に当てて礼をした。
「内容をよく覚えていらっしゃいますね。あの映画がお好きなんですか?」
「嫌いだよ。『すべての山に登れ』とか特に」
「あれこそマリア先生が諭される、いいシーンでは?」
「ドMじゃないか」
わざわざ困難に立ち向かいたくない。山があったら迂回する。谷を渡らなきゃいけないような場所にはいかない。虹が見たかったら屋上で水を撒く。
省エネですね、と返したバッシュが、スラックスのももの辺りを摘んでしゃがみ込んだ。
「これは、エーデルワイスでしょうか?」
地面に当たった雨が跳ね返るガゼボの周りに、白い小さな花がいくつか固まって咲いている。
「違うよ。あんた、白い花は全部そう言いそうだな」
「タイムリーな話をしておりましたので、つい」
「……これが、おれの研究対象だよ。デファイリア・グレイ。サハリンとか東アジアの山岳地帯の花。品種改良して、シルヴァーナの気候でも咲くようにしたんだ」
通常、小屋の中で厳重に管理している種を一つまみだけガゼボの周りにまいたのは、エリオットの感傷だ。子どものときこの花があの場所に咲いていたら、アニーが一番望むものをささげることができたのに。
「この花は、新品種として申請なさらないのですか?」
「しない。失敗作だから」
「本来であれば適応しない環境でも咲いているのですから、成功でしょう」
「それだけじゃ、意味ないんだよ」
「こんなに綺麗なのに……あっ」
そっと指先で触れた花弁が、ぽろりと水たまりに落ちて、バッシュが情けない声をあげた。
「申し訳ございません、不用意に……」
国宝級の調度を破損させたかのような慌てぶりに、エリオットは苦笑して手を振る。
「いいよ。もともと、そう言う花なんだ。触ったり、大粒の雨に打たれたりするだけで花弁が散る」
「だから、失敗作だと?」
「いや。でもまぁ、ある意味」
温暖なシルヴァーナでも咲くようになったデファイリア・グレイ。しかし、この花の真価は透けてこそなのだ。
それもあいだを取ったかのような、突然の雷雨。
久しぶりに友人を訪ねた翌日。バッシュに手伝わせて屋上での作業中、階下や小屋に避難する暇もなく滝ような土砂降りになり、二人してガゼボへ逃げ込んだ。
「こう言う映画がありましたね。親の目を盗んで若い男女がデートをしていたら雨が降ってきて、四阿で雨宿りする」
「……サウンドオブミュージック?」
「ええ、それです」
ベンチに腰かけたエリオットは、入り口に佇むバッシュを見上げてにやりと笑った。
「それでは歌っていただきましょう」
「いえ、歌はちょっと……」
キューを送ると、バッシュはしぶしぶ鼻歌で「もうすぐ十七歳」を歌いだす。
本当にへたくそだった。
遠慮なく笑うと、麦わら帽子も似合わないし歌も下手なバッシュが、距離を取ったまま手を差し出す。
「ベンチをぐるぐる回りますか?」
「ひざまずいてくれるのか?」
「年上で賢い保護者が必要でしたら」
「いらないよ」
それは残念、とバッシュは手を胸に当てて礼をした。
「内容をよく覚えていらっしゃいますね。あの映画がお好きなんですか?」
「嫌いだよ。『すべての山に登れ』とか特に」
「あれこそマリア先生が諭される、いいシーンでは?」
「ドMじゃないか」
わざわざ困難に立ち向かいたくない。山があったら迂回する。谷を渡らなきゃいけないような場所にはいかない。虹が見たかったら屋上で水を撒く。
省エネですね、と返したバッシュが、スラックスのももの辺りを摘んでしゃがみ込んだ。
「これは、エーデルワイスでしょうか?」
地面に当たった雨が跳ね返るガゼボの周りに、白い小さな花がいくつか固まって咲いている。
「違うよ。あんた、白い花は全部そう言いそうだな」
「タイムリーな話をしておりましたので、つい」
「……これが、おれの研究対象だよ。デファイリア・グレイ。サハリンとか東アジアの山岳地帯の花。品種改良して、シルヴァーナの気候でも咲くようにしたんだ」
通常、小屋の中で厳重に管理している種を一つまみだけガゼボの周りにまいたのは、エリオットの感傷だ。子どものときこの花があの場所に咲いていたら、アニーが一番望むものをささげることができたのに。
「この花は、新品種として申請なさらないのですか?」
「しない。失敗作だから」
「本来であれば適応しない環境でも咲いているのですから、成功でしょう」
「それだけじゃ、意味ないんだよ」
「こんなに綺麗なのに……あっ」
そっと指先で触れた花弁が、ぽろりと水たまりに落ちて、バッシュが情けない声をあげた。
「申し訳ございません、不用意に……」
国宝級の調度を破損させたかのような慌てぶりに、エリオットは苦笑して手を振る。
「いいよ。もともと、そう言う花なんだ。触ったり、大粒の雨に打たれたりするだけで花弁が散る」
「だから、失敗作だと?」
「いや。でもまぁ、ある意味」
温暖なシルヴァーナでも咲くようになったデファイリア・グレイ。しかし、この花の真価は透けてこそなのだ。
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