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世話焼き侍従と訳あり王子 第三章
2-4 帰路
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その後は一時間ほど気楽な会話を楽しんで、エリオットは車に戻った。
「遠いところ来てくれてありがとう。楽しかったよ、シュガーパイちゃん」
後部座席に乗り込むエリオットに手を振ったナサニエルは、ドアの横に立つバッシュに身を寄せると、肘の内側を柔らかく掴んだ。
「じゃあね、ハンサム。ぼくの愛しいヒヨコをよろしく頼むよ」
「……かしこまりました」
きっちりドアを閉めてから、バッシュは無表情で頭を下げる。
餌付けは失敗したらしい。肩をすくめるナサニエルを残して、車は屋敷を後にした。
車内は静かだった。
話しかけるなとは言っていないけれど、車窓に流れていく青々とした麦畑を眺めるエリオットが疲れていると判断したのか、バッシュは黙って前方を睨んでいる。
考えることはいろいろある。
そもそもの話し、なぜエリオットの身辺がセキュリティもつかないほど平穏なのかと言えば、表向き第二王子とヘインズ公爵がリンクしていないからだ。
王族は慣習として貴族の称号も持つ。たとえば、成年の儀で叙爵されたサイラスの公的な肩書はファイアット公爵サイラス王太子。
しかしエリオットはと言うと、公爵位を継いだのがヘインズ家に身を寄せている頃だったため、王子への叙爵ではなく、「ヘインズ家の推定相続人のエリオット」と言うなんとも中途半端な立場で相続が開始されてしまったのだ。
元々、社交界に顔を売っていないことに加え、そのころからエリオットは髪を染め、外見を変えてしまったので、事情を知らない者はだれもエリオット王子とヘインズ公爵を同一人物だとは考えなかった。
こうしてエリオット王子は表舞台から消え、引きこもりで偏屈なヘインズ公爵が誕生した。
それを、いまになってサイラスは統合しようとしているのか?
サイラスが第二王子を選帝侯に指名するなら、受諾した瞬間にエリオットはヘインズ公爵と言う隠れ蓑を失うことになる。逆にヘインズ公爵を選帝侯に指名するとなれば臣下として公の場に立つことになり、それは王族の籍から離れることを意味している。
統合と言うより、どっちかを選べってこと?
ナサニエルが示したのは、まだ繋がりのない個々のうわさにすぎない。しかし彼が断片から事実を導き出したように、選帝侯の件はいずれ表に出るだろう。
そのとき、エリオットは王子と公爵、どちらの顔をして立っているのか。
ふと焦点を変えると、ガラスに自分の顔が映っているのが見えた。車外が明るいから表情までは見えない。ただ、頬杖をついた手はなぜか鮮明に輪郭をたどることができた。
同時に思い出す、バッシュの肘に添えられた、しなやかな指先。
「……っ…」
息が詰まって、エリオットはシャツのボタンを二つ外す。
そのわずかな身じろぎでも、異変は運転席へ伝わった。
「ヘインズさま?」
「……吐きそう」
「すぐに止めます。もうしばらくご辛抱を」
しごく冷静に四方の窓を開けて、バッシュがアクセルを踏み込んだ。
「遠いところ来てくれてありがとう。楽しかったよ、シュガーパイちゃん」
後部座席に乗り込むエリオットに手を振ったナサニエルは、ドアの横に立つバッシュに身を寄せると、肘の内側を柔らかく掴んだ。
「じゃあね、ハンサム。ぼくの愛しいヒヨコをよろしく頼むよ」
「……かしこまりました」
きっちりドアを閉めてから、バッシュは無表情で頭を下げる。
餌付けは失敗したらしい。肩をすくめるナサニエルを残して、車は屋敷を後にした。
車内は静かだった。
話しかけるなとは言っていないけれど、車窓に流れていく青々とした麦畑を眺めるエリオットが疲れていると判断したのか、バッシュは黙って前方を睨んでいる。
考えることはいろいろある。
そもそもの話し、なぜエリオットの身辺がセキュリティもつかないほど平穏なのかと言えば、表向き第二王子とヘインズ公爵がリンクしていないからだ。
王族は慣習として貴族の称号も持つ。たとえば、成年の儀で叙爵されたサイラスの公的な肩書はファイアット公爵サイラス王太子。
しかしエリオットはと言うと、公爵位を継いだのがヘインズ家に身を寄せている頃だったため、王子への叙爵ではなく、「ヘインズ家の推定相続人のエリオット」と言うなんとも中途半端な立場で相続が開始されてしまったのだ。
元々、社交界に顔を売っていないことに加え、そのころからエリオットは髪を染め、外見を変えてしまったので、事情を知らない者はだれもエリオット王子とヘインズ公爵を同一人物だとは考えなかった。
こうしてエリオット王子は表舞台から消え、引きこもりで偏屈なヘインズ公爵が誕生した。
それを、いまになってサイラスは統合しようとしているのか?
サイラスが第二王子を選帝侯に指名するなら、受諾した瞬間にエリオットはヘインズ公爵と言う隠れ蓑を失うことになる。逆にヘインズ公爵を選帝侯に指名するとなれば臣下として公の場に立つことになり、それは王族の籍から離れることを意味している。
統合と言うより、どっちかを選べってこと?
ナサニエルが示したのは、まだ繋がりのない個々のうわさにすぎない。しかし彼が断片から事実を導き出したように、選帝侯の件はいずれ表に出るだろう。
そのとき、エリオットは王子と公爵、どちらの顔をして立っているのか。
ふと焦点を変えると、ガラスに自分の顔が映っているのが見えた。車外が明るいから表情までは見えない。ただ、頬杖をついた手はなぜか鮮明に輪郭をたどることができた。
同時に思い出す、バッシュの肘に添えられた、しなやかな指先。
「……っ…」
息が詰まって、エリオットはシャツのボタンを二つ外す。
そのわずかな身じろぎでも、異変は運転席へ伝わった。
「ヘインズさま?」
「……吐きそう」
「すぐに止めます。もうしばらくご辛抱を」
しごく冷静に四方の窓を開けて、バッシュがアクセルを踏み込んだ。
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