箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第三章

1-7 しゅわしゅわスパークリング

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 夕食のあと、バッシュは珍しくサイダーを用意していた。

「アレルギーをお持ちとは伺っておりませんが、アルコールは苦手ではありませんか?」
「うん、飲める」

 薄いあめ色の液体が、小さな気泡を弾けさせながらグラスに注がれる。

「あんた、きょうは王宮に戻るの?」
「いいえ、直帰の予定です」
「じゃあ座れ。おれ一杯でいいから、責任取って残りはあんたが飲んで行けよ」
「承知いたしました」

 リビングには一人用の肘掛け椅子しか座るところがない。その一つを占領したエリオットがテレビをつけるあいだに、バッシュはキッチンから折り畳み椅子と自分用のグラスを持って来た。

 そんなに大きくないビンは、二杯に分けるとちょうど空になる。軽くグラスを掲げて乾杯した。

「及第点をもらえたテストに」
「ご協力ありがとうございました」

 ぷちぷち転がる泡と、爽やかに甘いリンゴの果汁が喉を滑り落ちていく。久しぶりに口にしたアルコールの苦みは、こってりしたパイの味が残る舌に心地いい刺激だった。食後酒と言えばブランデーやワインが一般的だろうが、エリオットにはこのサイダーくらい甘くて軽いものがちょうどいい。

 灯りの落ちたキッチンを背景に、椅子に座ったバッシュが嫌味なくらい長い足を組む。言葉遣いはまだ侍従だけど、たぶん重なった足の一本分くらいは仕事から離れている。

 つくづくいい男だと思う。はやりの服を着て雑誌に載ったり、ランウェイを歩いていても不思議じゃないほど均整の取れた体格。まばたきするたびに金のまつ毛が揺れ、アルコールで湿った薄い唇を舌の先がなめた。
 テレビに向かう力みのない横顔を肴にグラスを傾けていると、発光しているような青い目がこちらを向いて、エリオットは含んだサイダーをごくりと飲み込んだ。

「ファンですか?」
「え?」

 いや別にあんたのファンじゃない、と言うより早く、バッシュがテレビを指差した。

「珍しくテニスをご覧になっていらっしゃるので、お好きなのかと」

 言われて見やれば、適当に選んだのはスポーツチャンネルで、全仏オープンの録画放送が流れている。

 そっちか。

「……個人的に応援まではしてない。見る分には嫌いじゃないって程度かな。ラグビーとかフットボールも、テレビでやってたら見るけど」
「スタジアムで観戦されたことは?」
「一回だけ見たことある。かなり前、ワールドカップあっただろ?」
「ラグビーの?」
「それ」

 九歳か十歳のとき、当時の首相が招致に成功してラグビーのワールドカップが開催され、シルヴァーナの代表チームが出場する試合を国王夫妻とサイラスが観戦した。このときエリオットも、観客が試合に集中したころにこっそり会場入りし、家族のいる天覧席から離れたスタジアムの端っこに座ってゲームを見たのだ。

「いかがでしたか」
「サイダーでも飲みながら、テレビで見てるほうが向いてる」

 エリオットは、残りが三分の一ほどになったグラスを揺らす。

 ウェールズ代表を相手に善戦したゲームは面白かった。ただ、何万と言うサポーターの異様な熱気に満ちた波がうねり爆発する空間は、刺激が強すぎてエリオットは見事に酔った。それから、スポーツ観戦ものんびり家で楽しむことにしている。
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