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世話焼き侍従と訳あり王子 第三章
1-5 コテージパイ
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侍従長に提出したプロトコールのテストは、まずまずの評価だったらしい。
いくつか修正箇所はあったものの、それは不測の事態に備えて余白を残すようにとか、ホスト側の人員に偏りがあると指摘される程度のことだった。
「わたし一人の仕事ではないこともお見通しでしたが、それについて特に追及はありません」
ただ、満足そうではありました。
マッシュポテトと牛ひき肉のパイをオーブンに入れて、バッシュはそう報告を締めくくった。
チーズをたっぷり入れたパイは、大きな皿で二人分。課題を終えた打ち上げとして、夕飯を食べて行くように誘ったからだ。
作るのはバッシュなのだが、嬉々として買い物へ出かけていたからいいだろう。
エリオットがいつも通り、リビングの肘掛け椅子で待っていると、情報番組を流していたテレビにサイラスが映った。
『サイラス王子のご成婚の儀まで、あと一ヵ月と少しです! 本日は改めて、お二人の軌跡を振り返ってみたいと思います』
女性キャスターが、自分の結婚式かのようにはしゃいでいる。
一体あと何度「改める」つもりなんだか。
サイラスの誕生から、成長するごとに公開された写真が聞き飽きたエピソードを交えて短く紹介され、映像に切り替わる。
『こちらは十年前。立太子の儀にのぞまれるサイラス王子です』
色とりどりに着飾る男女が、窓辺に連なるスズメよろしく詰め込まれた王宮の広間。玉座に座るエドゥアルドの前に進み出て、ひざまずく盛装姿のサイラス。当時十八歳のはずだけれど、いまのエリオットよりずっと堂々としている。父王が短く祝いの言葉を述べると、カメラが振られて玉座の後ろの小さい扉を捉える。
人が二人並ぶとつっかえるくらいの両開きの扉から現れたのは、古式ゆかしい――つまり古臭い――装飾過多なフロックコートに身を包んだ男。後ろに二人、小道具を捧げ持ったお付きを従えて、サイラスの隣に立つ。
選帝侯だ。
『冠とガウンを授けられ、サイラス王子は王太子と認められました』
このときの選帝侯役は、エドゥアルドの弟、外国で暮らしているヘクター叔父だった。
儀式の本番はいつも通り不参加のエリオットだが、事前の練習でミンクのガウンを着せかけてもらい、冠を戴く兄を広間のカーテンの影からずっと眺めていたのを覚えている。
王太子の濃紺のガウンをまとったサイラスは、銀の冠がよく映えて静かな夜に輝く月ようだった。エドゥアルドでも、こんなにまでは似合わなかったと思う。もちろん、父には太陽のような王の赤いガウンと黄金の冠が誰よりも似合っていたけれど。
「なあ」
「はい、ヘインズさま」
オーブンを見張るバッシュの背中へ、エリオットは尋ねる。
「ラスは、なんでおれを選帝侯に指名したか、あんたに話した?」
「いいえ。わたしは存じ上げません」
「つまり、侍従長は知ってるってこと?」
「わたしの予想ですが。殿下に、直接お尋ねになればよろしいのでは?」
「それは断る」
いくつか修正箇所はあったものの、それは不測の事態に備えて余白を残すようにとか、ホスト側の人員に偏りがあると指摘される程度のことだった。
「わたし一人の仕事ではないこともお見通しでしたが、それについて特に追及はありません」
ただ、満足そうではありました。
マッシュポテトと牛ひき肉のパイをオーブンに入れて、バッシュはそう報告を締めくくった。
チーズをたっぷり入れたパイは、大きな皿で二人分。課題を終えた打ち上げとして、夕飯を食べて行くように誘ったからだ。
作るのはバッシュなのだが、嬉々として買い物へ出かけていたからいいだろう。
エリオットがいつも通り、リビングの肘掛け椅子で待っていると、情報番組を流していたテレビにサイラスが映った。
『サイラス王子のご成婚の儀まで、あと一ヵ月と少しです! 本日は改めて、お二人の軌跡を振り返ってみたいと思います』
女性キャスターが、自分の結婚式かのようにはしゃいでいる。
一体あと何度「改める」つもりなんだか。
サイラスの誕生から、成長するごとに公開された写真が聞き飽きたエピソードを交えて短く紹介され、映像に切り替わる。
『こちらは十年前。立太子の儀にのぞまれるサイラス王子です』
色とりどりに着飾る男女が、窓辺に連なるスズメよろしく詰め込まれた王宮の広間。玉座に座るエドゥアルドの前に進み出て、ひざまずく盛装姿のサイラス。当時十八歳のはずだけれど、いまのエリオットよりずっと堂々としている。父王が短く祝いの言葉を述べると、カメラが振られて玉座の後ろの小さい扉を捉える。
人が二人並ぶとつっかえるくらいの両開きの扉から現れたのは、古式ゆかしい――つまり古臭い――装飾過多なフロックコートに身を包んだ男。後ろに二人、小道具を捧げ持ったお付きを従えて、サイラスの隣に立つ。
選帝侯だ。
『冠とガウンを授けられ、サイラス王子は王太子と認められました』
このときの選帝侯役は、エドゥアルドの弟、外国で暮らしているヘクター叔父だった。
儀式の本番はいつも通り不参加のエリオットだが、事前の練習でミンクのガウンを着せかけてもらい、冠を戴く兄を広間のカーテンの影からずっと眺めていたのを覚えている。
王太子の濃紺のガウンをまとったサイラスは、銀の冠がよく映えて静かな夜に輝く月ようだった。エドゥアルドでも、こんなにまでは似合わなかったと思う。もちろん、父には太陽のような王の赤いガウンと黄金の冠が誰よりも似合っていたけれど。
「なあ」
「はい、ヘインズさま」
オーブンを見張るバッシュの背中へ、エリオットは尋ねる。
「ラスは、なんでおれを選帝侯に指名したか、あんたに話した?」
「いいえ。わたしは存じ上げません」
「つまり、侍従長は知ってるってこと?」
「わたしの予想ですが。殿下に、直接お尋ねになればよろしいのでは?」
「それは断る」
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