37 / 334
世話焼き侍従と訳あり王子 第三章
1-5 コテージパイ
しおりを挟む
侍従長に提出したプロトコールのテストは、まずまずの評価だったらしい。
いくつか修正箇所はあったものの、それは不測の事態に備えて余白を残すようにとか、ホスト側の人員に偏りがあると指摘される程度のことだった。
「わたし一人の仕事ではないこともお見通しでしたが、それについて特に追及はありません」
ただ、満足そうではありました。
マッシュポテトと牛ひき肉のパイをオーブンに入れて、バッシュはそう報告を締めくくった。
チーズをたっぷり入れたパイは、大きな皿で二人分。課題を終えた打ち上げとして、夕飯を食べて行くように誘ったからだ。
作るのはバッシュなのだが、嬉々として買い物へ出かけていたからいいだろう。
エリオットがいつも通り、リビングの肘掛け椅子で待っていると、情報番組を流していたテレビにサイラスが映った。
『サイラス王子のご成婚の儀まで、あと一ヵ月と少しです! 本日は改めて、お二人の軌跡を振り返ってみたいと思います』
女性キャスターが、自分の結婚式かのようにはしゃいでいる。
一体あと何度「改める」つもりなんだか。
サイラスの誕生から、成長するごとに公開された写真が聞き飽きたエピソードを交えて短く紹介され、映像に切り替わる。
『こちらは十年前。立太子の儀にのぞまれるサイラス王子です』
色とりどりに着飾る男女が、窓辺に連なるスズメよろしく詰め込まれた王宮の広間。玉座に座るエドゥアルドの前に進み出て、ひざまずく盛装姿のサイラス。当時十八歳のはずだけれど、いまのエリオットよりずっと堂々としている。父王が短く祝いの言葉を述べると、カメラが振られて玉座の後ろの小さい扉を捉える。
人が二人並ぶとつっかえるくらいの両開きの扉から現れたのは、古式ゆかしい――つまり古臭い――装飾過多なフロックコートに身を包んだ男。後ろに二人、小道具を捧げ持ったお付きを従えて、サイラスの隣に立つ。
選帝侯だ。
『冠とガウンを授けられ、サイラス王子は王太子と認められました』
このときの選帝侯役は、エドゥアルドの弟、外国で暮らしているヘクター叔父だった。
儀式の本番はいつも通り不参加のエリオットだが、事前の練習でミンクのガウンを着せかけてもらい、冠を戴く兄を広間のカーテンの影からずっと眺めていたのを覚えている。
王太子の濃紺のガウンをまとったサイラスは、銀の冠がよく映えて静かな夜に輝く月ようだった。エドゥアルドでも、こんなにまでは似合わなかったと思う。もちろん、父には太陽のような王の赤いガウンと黄金の冠が誰よりも似合っていたけれど。
「なあ」
「はい、ヘインズさま」
オーブンを見張るバッシュの背中へ、エリオットは尋ねる。
「ラスは、なんでおれを選帝侯に指名したか、あんたに話した?」
「いいえ。わたしは存じ上げません」
「つまり、侍従長は知ってるってこと?」
「わたしの予想ですが。殿下に、直接お尋ねになればよろしいのでは?」
「それは断る」
いくつか修正箇所はあったものの、それは不測の事態に備えて余白を残すようにとか、ホスト側の人員に偏りがあると指摘される程度のことだった。
「わたし一人の仕事ではないこともお見通しでしたが、それについて特に追及はありません」
ただ、満足そうではありました。
マッシュポテトと牛ひき肉のパイをオーブンに入れて、バッシュはそう報告を締めくくった。
チーズをたっぷり入れたパイは、大きな皿で二人分。課題を終えた打ち上げとして、夕飯を食べて行くように誘ったからだ。
作るのはバッシュなのだが、嬉々として買い物へ出かけていたからいいだろう。
エリオットがいつも通り、リビングの肘掛け椅子で待っていると、情報番組を流していたテレビにサイラスが映った。
『サイラス王子のご成婚の儀まで、あと一ヵ月と少しです! 本日は改めて、お二人の軌跡を振り返ってみたいと思います』
女性キャスターが、自分の結婚式かのようにはしゃいでいる。
一体あと何度「改める」つもりなんだか。
サイラスの誕生から、成長するごとに公開された写真が聞き飽きたエピソードを交えて短く紹介され、映像に切り替わる。
『こちらは十年前。立太子の儀にのぞまれるサイラス王子です』
色とりどりに着飾る男女が、窓辺に連なるスズメよろしく詰め込まれた王宮の広間。玉座に座るエドゥアルドの前に進み出て、ひざまずく盛装姿のサイラス。当時十八歳のはずだけれど、いまのエリオットよりずっと堂々としている。父王が短く祝いの言葉を述べると、カメラが振られて玉座の後ろの小さい扉を捉える。
人が二人並ぶとつっかえるくらいの両開きの扉から現れたのは、古式ゆかしい――つまり古臭い――装飾過多なフロックコートに身を包んだ男。後ろに二人、小道具を捧げ持ったお付きを従えて、サイラスの隣に立つ。
選帝侯だ。
『冠とガウンを授けられ、サイラス王子は王太子と認められました』
このときの選帝侯役は、エドゥアルドの弟、外国で暮らしているヘクター叔父だった。
儀式の本番はいつも通り不参加のエリオットだが、事前の練習でミンクのガウンを着せかけてもらい、冠を戴く兄を広間のカーテンの影からずっと眺めていたのを覚えている。
王太子の濃紺のガウンをまとったサイラスは、銀の冠がよく映えて静かな夜に輝く月ようだった。エドゥアルドでも、こんなにまでは似合わなかったと思う。もちろん、父には太陽のような王の赤いガウンと黄金の冠が誰よりも似合っていたけれど。
「なあ」
「はい、ヘインズさま」
オーブンを見張るバッシュの背中へ、エリオットは尋ねる。
「ラスは、なんでおれを選帝侯に指名したか、あんたに話した?」
「いいえ。わたしは存じ上げません」
「つまり、侍従長は知ってるってこと?」
「わたしの予想ですが。殿下に、直接お尋ねになればよろしいのでは?」
「それは断る」
57
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。


普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる