箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第三章

1-3 侍従のお仕事

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 基本的に、バッシュはこのフラットに私物を持ち込まない。財布くらいはジャケットのポケットに入っているだろうがエリオットの前で取り出したことはなく、スマートフォンも所持しているのかどうかさえ知らない。例外は二日目の掃除道具と、家事の合間に開いているタブレットだ。

 その日、作業小屋での観察を終えてエリオットが部屋に戻ると、珍しく早い時間からバッシュがタブレットと向き合っていた。何かを確認しているのか、ディスプレイの上をゆらゆらと指がさまよっている。

「それ、なにしてるんだ」
「お帰りなさいませ」

 声をかけると、腰かけていた椅子から立ち上がる。ここにはエリオットしかいないのに、バッシュはそう言う細かい礼節をおろそかにしたことはなかった。

「なにかご入用ですか?」
「別に、なにしてるのかと思って」

 忙しいなら邪魔しないけど、と付け足すと、バッシュは少し身を引いて画面をエリオットに向けた。

「ご成婚の儀のあとの、晩餐会に関する資料を作成しております」
「具体的には?」
「お集りいただいた方々を、会場へご案内するスケジュール表です」
「プロトコールか」

 表示されていたのは、招待客のリストと序列や待機場所と言った情報と、分刻みの晩餐会の進行表だった。
 王宮での晩餐会では、規模によっては千人以上の招待客が集まる。どの客をどの順で案内するかは、国際的な序列と国内の序列を鑑みて決めなければならない。貴族、政治家、著名人。一人として順番が入れ替わってはいけないし、オンタイムで会場のドアを閉めなければならない。プロトコールはその時間割だ。

「これ、あんたの仕事なのか?」

 物心ついたときから常に側にいたけれど、着替えの手伝いや給仕以外で侍従が何をしているのかは考えたことがなかった。男性使用人としてはフットマンより上位で執事の下。ただし執事は王宮で一人きりだから、直接王族の身の回りに携わる上級職であることは間違いない。王族一人につき筆頭侍従を中心に数名が専任でシフトを組んでいるはずで、エリオットにも当時は三名の侍従がいた。

 昇格したばかりだと言うから、もしかするとまだ前任者が残っていて、フルタイムでサイラスに張り付く必要がないのかもしれない。だからエリオットのところへ派遣されがてら、適当な部署の手伝いをしているとか。

「本来は別部署の仕事ですが、侍従長にも意見が聞かれます。その侍従長からわたしに、一度組んでみるようにと指示がありました」
「パワハラだな」
「国内の賓客のみで素案ですし、これが表に出ることはございません」

 でなければ、軽々しく見せたりしないだろう。貴族同士の関係や序列に関しては、王宮から社交界の重鎮にお伺いを立てることもしばしばあるから、公爵であるエリオットに見られても問題にはならないのだけれど。

「使われないのに、なんで作ってんの」
「わたしが組んだものが、どれだけ侍従長の案と重なるかを見られるのではないかと」
「なるほど、テストされてるんだ」

 やはり干されていたわけではないらしい。
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