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世話焼き侍従と訳あり王子 第三章

1-2 よき師

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 感傷を飲み下すために、エリオットはマグに口をつける。

「もしかして、紅茶の入れ方も勉強した?」
「はい。お仕えするご家族がたの好みは正確に把握し、いつでもお応えできるよう心がけております」
「でも、あんた衣装係だったんだろ」

 洗剤の研究と言い、勉強熱心だが本来の仕事内容とは関係のないことだ。

「新人の侍従だからと言って、お口に合わないものをお出しすることはできません。配属された日に『今日から勉強します』では話にならないでしょう。そこに立ちたいと願うなら、立った瞬間から完ぺきに役割をこなせるよう努力すべきです」

 指先まで意識の行き渡った立ち姿で、バッシュは答えた。それが理想論ではなく、実際に行動しいつでも手腕を発揮できる状態であることが当然と言う顔だ。

「すごいな、あんた」

 庭を見たとき、どうしてバッシュが熱くなったのか分かった気がした。

 たぶんあのとき、エリオットは誇れと言われたのだ。収入や目に見えた社会貢献につながらなくても、自分の目的に向かって取り組んできたことを誇りにしろと。そのプライドこそが、自分を支える自信になると、知っているから。

「人生のハードル高そう」
「そうでもありません」

 ないのか。

 バッシュが侍従モードでは珍しく、口元に微笑を浮かべる。苦笑でも愛想笑いでもない、レアな表情だ。

「偉そうに申し上げましたが、わたしも侍従長に目をかけていただかなければ、ここまでの意識をもつことはなかったでしょうから」
「なんだ、受け売りか」
「はい。わたしの目標です」

 感心して損した、などとは思わない。人の言葉を語るのは自由だけど、借り物の知識で勝負できる場は多くない。きっと侍従長は、自分が培ってきたものを惜しみなくバッシュへ与えたのだろう。

「ちょっと分かる気がする」
「先日の、お電話のお相手ですか?」
「そう。大学の植物学者。いろいろ助言をもらってる」

 突然、高山植物の栽培について問い合わせてきた学生でもない子どもに、ゴードンは真摯に対応してくれた。むしろデファイリア・グレイと言う研究対象に、持ち込んだ本人よりわくわくしていたくらいだ。それでも研究には手を出さず、交配の方法や栽培環境の管理について子どもにも分かりやすく講義した上で、エリオットにゆだねている。

「しかし……あまりよいお話しではないようにお見受けしました」
「聞いてたのか?」
「いいえ。ですが、お電話の後に気落ちしておられるようすでしたので」
「別に、教授がどうこうって話しじゃない。ちょっと研究で行き詰ってるだけ」

 軽く半年くらい。だから、放任主義のゴードンもしきりに違うアプローチを勧めてくるのだ。

「あんたは、仕事で行き詰ったら何する?」
「走りに行きます」
「走る?」
「王宮の外周が市民のジョギングコースになっておりますので、そこで軽く。休日など時間があればジムへ行くこともございます」

 うわ、脳筋。

 その胸筋は仕事の悩みが作り出したものだったか。

「へぇ」

 遺伝子やらバイオやらとは真逆の別アプローチだ。よかった、バッシュが「ヘインズさまもぜひ」なんて言ってくるタイプじゃなくて。
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