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世話焼き侍従と訳あり王子 第二章
3-10 約束
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「そいつが、何度もおれを『リオ』って呼んだんだ。子どものころのあだ名だけど、だから二度と呼ばれたくない……って」
言いながら見やると、バッシュは冴え冴えとした目で天井を睨み、腕組みして片足を細かく揺すっていた。
え、なに? もしかして。
「……あんた、怒ってんの?」
「子どもに手を出したクソ野郎だぞ。当たり前だろうが! 告訴はしたんだろうな? 警察の怠慢じゃないのか!」
「捜査はしてない」
なぜ! とバッシュが吠える。
「おれも加害者だから」
「……どう言うことだ?」
「おれはクソ野郎に襲われた被害者でもあるけど、その前に加害者でもあった」
サイラスに、取り返しのつかない怪我をさせるところだった。打ち所が悪ければ万一のことだってあり得たのだ。
「だから、これは罰なんだ」
「そんな訳が……」
「ある。おれにとってはそうだから」
みんなに必要とされるサイラスの足を引っ張らないように、差し出された手に甘えられないように。触れることへの恐怖は、優しさにすがりたくてもできないように、神さまがエリオットに与えた罰だ。
言い切ったエリオットに、バッシュは険しい顔で黙り込んだ。
背中を丸めて両肘を膝に置き、組んだ手の親指で眉間を揉んで何度も深呼吸をする。
「……その『加害』を、わたしに話すつもりはないと?」
バッシュが知らないなら言いたくない。
なんでだろうな?
レイプされかけたことより、兄に怪我をさせたことを知られたくないなんて。
バッシュは王宮に仕える侍従だから、エリオットが王太子を殺しかけたなんて知ったらきっと軽蔑する。あれを事故だったと主張しても、王子としての公務からも逃げ、引きこもってることは変わらない。どちらにしたって最悪じゃないか。絶対に嫌われる。
嫌われる? 現時点で好かれてもいないのに?
自問自答しているうちに、バッシュは荒ぶる気持ちに折り合いをつけてエリオットに向き直った。
「分かりました。言いたくないなら何も言わなくて結構です。ただ、これだけは正直にお答えを」
「うん」
「あす、またこちらへ伺っても?」
胸がぎゅっとなるくらい、強い目だった。泣きたくなるような、でも怖いのとは違う。切ないほど真剣な問いだ。ここでエリオットが少しでも迷ったら、きっとバッシュはもうこのフラットへはやって来ない。
来て、と口が動いていた。
「でも、おれに触らないって、約束してくれる?」
「約束します」
寝室の端と端に離れたふたりのあいだで、何かが確かに結ばれたと感じた。たぶん、これを言葉にしろと言われたら、エリオットは信頼だと答える。
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え、なに? もしかして。
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「捜査はしてない」
なぜ! とバッシュが吠える。
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「……どう言うことだ?」
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