箱庭の子ども〜世話焼き侍従と訳あり王子〜

真木もぐ

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世話焼き侍従と訳あり王子 第二章

3-9 そして今に至る

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 サイラスの立太子を祝うため、数日にわたって開かれていた夜会の最終日だった。
 未成年と言う免罪符で連日の夜会を不参加で通していたエリオットは、最後だから少しだけ顔を出さないかと両親に誘われた。一日くらい顔を見せなければ、兄の立太子に不満があると取られかねない。
 そんな政治的な憂慮もあったかもしれないけれど、第一には晴れの席で兄弟がそろっているところが見たかったのだと思う。だから強く拒否できなかったし、先に会場へ向かった両親の代わりに、部屋まで迎えに来たサイラスが差し出した手に甘えた。

 車を寄せた玄関先には、サイラスに同伴するミシェルと、侍従やメイドたちが整列していた。王太子の外出だから都合のつく使用人が見送りに立つのは当たり前のことなのに、上階に現れた二人へ一斉に向けられた視線が、奮い立たせたエリオットの勇気をくじいた。
 夜会へ行けば、この何十倍もの人に見られる。兄に手を引いてもらわなければ人前に出られない、情けない第二王子を。

 そう考えた瞬間、急に足がもつれ、たたらを踏んだ先に床がなかった。

 人は事故にあうとスローモーションのように見えると言うけれど、エリオットには何が起こったかも分からない一瞬のことだった。気が付いたら玄関ホールにへたりこんでいて、磨き上げられた大理石の床にサイラスが横たわっていた。

 足を踏み外したエリオットを、手をつないでいたサイラスが引き上げようとして間に合わず、とっさに抱えて落ちたのだと、あとから聞いた。

 そのときエリオットは、逃げ出したのだ。
 自分がしでかしたことが恐ろしくて、暗い小部屋へ逃げ込んだ。目の前で起きた惨事に使用人たちが騒然と走り回る中、だれもエリオットがいないことになど気づかなかった。そして医師を呼べと叫ぶ侍従の声とサイラスに呼びかけるメイドの悲鳴に耳をふさぎ隠れていたところを、騒ぎに乗じたのかたまたま忍び込んだのか分からないが、何者かに襲われた。

 呼び戻された両親は生きた心地がしなかっただろう。長男は脳震盪を起こし足を骨折する大けが。探し回ってようやく見つけた次男は服を剥かれ、白濁まみれだったのだから。

 幸いサイラスの怪我は命に別状がなく、玄関ホールでの出来事は使用人たちが一部始終を目撃していたため、純粋な事故と発表された一方で、その後エリオットの身に起こったことは一切が伏せられた。エドゥアルドは犯人を見つけ出して告訴すると激怒していたが、エリオット自身が捜査に耐えられる状態ではなく、フェリシアの生家であるヘインズ家へ匿われることになった。

 以来、エリオットは一度も王宮へ足を踏み入れていない。

 ヘインズ家の屋敷に招いてはと祖父に提案されたこともあったけれど、結局は顔を見る勇気が持てず、家族とは十年近くバースデーカードと年に数通の私信をやり取りする関係だ。

 まぁ、どう思い返しても発端はエリオットで、サイラスは完全にとばっちり。さらに容疑者が特定できなかったために、王宮内に性犯罪者がいるかもしれないと言う爆弾を抱えるハメになった。

 我ながら最低だな。

「べたべた体を触られて、口に突っ込まれて……あれなんて言うんだっけ。素股ってやつ? とりあえずそれで満足したらしくて、だからバージンは無事なんだけど」

 もとから引っ込み思案であがり症の陰気な子どもだったのに、それが駄目押しになった。

「……相手は」

 首を振る。
 ただでさえ使用人をはじめ不特定多数が出入りする場所で、現場の部屋は暗くて顔なんて見えなかったし、あの時はもうパニックだったから記憶もあいまいで分からずじまい。それがトラウマになり、人に触るのも触られるのも怖いし、暗闇も苦手で明かりを消して寝られない社会不適合者だ。
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