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世話焼き侍従と訳あり王子 第二章
3-8 告白
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いつもの時間になっても、バッシュは帰らなかった。
パニックがおさまり、おぼつかない足取りながらなんとか自力でフラットのベッドへ倒れこんだエリオットに、着替えや飲み水をかいがいしく用意すると、一緒にキッチンの折り畳み椅子を寝室に持ち込んだ。
彼らは必要なら何時間でも立っているのが仕事だから、それだけで長期戦の構えなのが分かってうんざりする。
追い出す気力もないエリオットは、部屋の電気は消すなとだけ厳命し、うとうとしては目覚めるのを半日ほど繰り返した。何度うなされて飛び起きても、バッシュは何も言わずにそこにいて、寝汗をふくタオルを差し出してくる。
夢はいつも同じだ。冷たい床に投げ出されたサイラスの体。使用人の悲鳴と駆け回る足音。暗い部屋と、体を這い回る気持ちの悪い手。
繰り返し見る悪夢に疲れたエリオットは、真夜中を過ぎるころには眠ることも放棄すると、バッシュに背を向けてベッドに沈んだ。
「おれとの関係、ラスから聞いてないのか?」
出し抜けに尋ねると、バッシュが身じろぎする気配がした。
「ラス? 殿下に? 特になにも。『気安く近寄らないように』とは仰っておいででしたが」
メデューサかよ。いやあれは目が合ったら石になるんだっけ? でも寄られたら石になるな、エリオットが。
「そうじゃなくて、ラスとどう言う付き合いなのかとか、おれの身上的なこと」
「それも特に。侍従長からは簡単なプロフィールだけ。名前や年齢、学歴。それから……前公爵の実子ではないことも」
そりゃそうだ、孫なんだから。
バッシュは言いづらそうに口にしたが、別にそれは秘密でもなんでもない。実子のいない貴族が血縁から相続人として養子をとるのは一般的だし、詳しいいきさつなどどこにも説明していないから、ぽっと出のエリオットがそうだと思われているのも知っている。
それより重要なのは、エリオットがサイラスの弟であることを、バッシュは知らないと言うことだ。
「近寄るなと言うのは、気難しい方だからだろうと思っていましたが、そうではなかった。申し訳ありません」
「偏屈なのは間違いないだろ」
「そこでいじけないでください」
いじけてないし。
「あなたは、言いたいことが山ほどありそうな顔をするのに、実際には口になさらない。人となりは部屋の様子や口ぶりから、おおむね察することは可能です。けれど、本心でなにを思っているのかなど、言葉にしなければ分かりません。わたしの意図しないところで、あなたを傷つけることは不本意です」
首に縄付けて連れていくって言ってたくせに、ずいぶんな変わりようだ。やはり、根っからの世話焼きなんだろう。
エリオットも、あれだけの醜態をさらしたあとで、ごまかせると思っていない。
「他人に触られるのも、側に寄られるのも嫌なんだ。……怖い」
ガタガタと音がして目を向けると、バッシュが壁際まで椅子を動かしていた。
「……もっと下がったほうが?」
バカがいる。
まじめに尋ねてくるのが面白くて、少し気分がよくなったエリオットは起き上がった。バッシュがいるのとは反対側の壁に背中をつけて、膝を抱える。日付をまたぐころにも関わらず昼間のように明るい部屋で、滑らかに周回する時計の秒針を見つめた。
「……十二のとき、だれだか分からない奴に襲われた。暴行じゃなくて強姦の方」
「ご……」
絶句するバッシュに、「最後まではされてない」と付け加える。それが重要かどうかは分からないけど。
強姦――挿入まで至らないものをそう言うなら――未遂。十年も前の、たった一回のこと。それがいまだ心身に影響しているのは、同時にエリオットが起こした事故が絡んでいるからだ。
パニックがおさまり、おぼつかない足取りながらなんとか自力でフラットのベッドへ倒れこんだエリオットに、着替えや飲み水をかいがいしく用意すると、一緒にキッチンの折り畳み椅子を寝室に持ち込んだ。
彼らは必要なら何時間でも立っているのが仕事だから、それだけで長期戦の構えなのが分かってうんざりする。
追い出す気力もないエリオットは、部屋の電気は消すなとだけ厳命し、うとうとしては目覚めるのを半日ほど繰り返した。何度うなされて飛び起きても、バッシュは何も言わずにそこにいて、寝汗をふくタオルを差し出してくる。
夢はいつも同じだ。冷たい床に投げ出されたサイラスの体。使用人の悲鳴と駆け回る足音。暗い部屋と、体を這い回る気持ちの悪い手。
繰り返し見る悪夢に疲れたエリオットは、真夜中を過ぎるころには眠ることも放棄すると、バッシュに背を向けてベッドに沈んだ。
「おれとの関係、ラスから聞いてないのか?」
出し抜けに尋ねると、バッシュが身じろぎする気配がした。
「ラス? 殿下に? 特になにも。『気安く近寄らないように』とは仰っておいででしたが」
メデューサかよ。いやあれは目が合ったら石になるんだっけ? でも寄られたら石になるな、エリオットが。
「そうじゃなくて、ラスとどう言う付き合いなのかとか、おれの身上的なこと」
「それも特に。侍従長からは簡単なプロフィールだけ。名前や年齢、学歴。それから……前公爵の実子ではないことも」
そりゃそうだ、孫なんだから。
バッシュは言いづらそうに口にしたが、別にそれは秘密でもなんでもない。実子のいない貴族が血縁から相続人として養子をとるのは一般的だし、詳しいいきさつなどどこにも説明していないから、ぽっと出のエリオットがそうだと思われているのも知っている。
それより重要なのは、エリオットがサイラスの弟であることを、バッシュは知らないと言うことだ。
「近寄るなと言うのは、気難しい方だからだろうと思っていましたが、そうではなかった。申し訳ありません」
「偏屈なのは間違いないだろ」
「そこでいじけないでください」
いじけてないし。
「あなたは、言いたいことが山ほどありそうな顔をするのに、実際には口になさらない。人となりは部屋の様子や口ぶりから、おおむね察することは可能です。けれど、本心でなにを思っているのかなど、言葉にしなければ分かりません。わたしの意図しないところで、あなたを傷つけることは不本意です」
首に縄付けて連れていくって言ってたくせに、ずいぶんな変わりようだ。やはり、根っからの世話焼きなんだろう。
エリオットも、あれだけの醜態をさらしたあとで、ごまかせると思っていない。
「他人に触られるのも、側に寄られるのも嫌なんだ。……怖い」
ガタガタと音がして目を向けると、バッシュが壁際まで椅子を動かしていた。
「……もっと下がったほうが?」
バカがいる。
まじめに尋ねてくるのが面白くて、少し気分がよくなったエリオットは起き上がった。バッシュがいるのとは反対側の壁に背中をつけて、膝を抱える。日付をまたぐころにも関わらず昼間のように明るい部屋で、滑らかに周回する時計の秒針を見つめた。
「……十二のとき、だれだか分からない奴に襲われた。暴行じゃなくて強姦の方」
「ご……」
絶句するバッシュに、「最後まではされてない」と付け加える。それが重要かどうかは分からないけど。
強姦――挿入まで至らないものをそう言うなら――未遂。十年も前の、たった一回のこと。それがいまだ心身に影響しているのは、同時にエリオットが起こした事故が絡んでいるからだ。
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