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世話焼き侍従と訳あり王子 第二章
3-7 フラッシュバック(※)
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「この庭園を拝見し、外出なさるのがお嫌いと言うわけではないと感じますし、お電話で長時間お話しされるお相手がおいでですので、社会との隔絶を望んでいらっしゃるとも思えません。もしヘインズさまにとって重大な理由があるのなら、それを申し上げれば殿下もご納得いただけるのではないでしょうか」
黙ったまま、次の穴を掘る。
ポットから外した苗は、立方体に固まった培土に糸のように白い根がぎゅっと凝縮されていた。
穴にビオラをイン。土をかぶせ、手で軽く押さえる。水をやると土が下がるから、あまり強く押しすぎないのがポイントだ。
「ヘインズさま、わたしでなくてもけっこうです。王宮へ一度おいでいただき、殿下に直接お話しいただけませんか」
エリオットはコテの柄を握りしめる。
理由なら、とっくにサイラスは知っている。並み居る貴族や全世界に放送されるカメラの前で、ひっくり返って王太子のしるしである銀の冠を放り投げることになるからだ。
どうして? それはエリオットが聞きたい。
なぜサイラスは、無理だと分かっていることをエリオットに迫るのか。それに、王宮は危険だからとヘインズ家へ逃がしたのは、他でもないサイラスを含めた家族だ。
いまさら、戻れって言うのか?
唇を噛むエリオットに、バッシュがため息をついた。
「エリオット」
侍従の仮面を外した、ぶっきらぼうな声。うつむいたエリオットの視界で、長靴のつま先がこちらを向く。
呼び捨てか、また勝手に距離を詰めやがって。
「黙るなエリオット。言わなきゃ分からないだろ」
「………」
「おーい、聞こえてるかエリオット?」
「………」
「エリー?」
うるさい、とエリオットが不機嫌に顔を上げるより先に、影が覆いかぶさってくる。
「リオ」
耳元でささやかれた声に総毛立った。
見下ろしてくる顔は、逆光で見えない。ほんの少し手を伸ばせば、捕まってしまう。捕まって、そして――。
「いやだ!」
振り向きざま、悲鳴を上げて移植ゴテを投げつけた。それはとっさに避けたバッシュの頬をかすめ、ひさしに当たって麦わら帽子が飛ぶ。
飛びのいた体の全部が心臓になったように脈打ち、耳鳴りがする。
急に動いたからか目がチカチカして視界が回り、エリオットはその場に両膝をついてえずいた。
「っ…ぇ……」
朝食を抜いたために逆流するのは酸っぱい胃液だけだったが、痙攣するみぞおちを抱えてさらに数回吐く。
「エリオット!」
「触るな!」
かがんだバッシュが手を伸ばそうとするのを、必死に叫んで拒絶する。
震える腕で、這うように大きな影から逃げた。
息が苦しい。口を開けているのに、ぜんぜん空気が吸えない。いつもどうやって呼吸をしていたのか分からくなった。
「……エリオット、おれはお前に触ったりしない。だから落ち着いて息を吐け」
犬みたいに忙しない息継ぎを繰り返すエリオットに、バッシュが言う。
「いや……来ないでっ……」
「大丈夫。エリオット、息を吐くんだ。ゆっくり、そう」
バッシュの大きな手が、たん、たん、とリズムを取って花壇の淵のレンガを叩く。
この手は、エリオットに触らない。息を吐く。ゆっくり。
鈍い頭で、一つずつ言葉を理解する。
「おれはここから動かない。大丈夫だ」
額から流れてきた汗と涙でぼやける視界に、紫色のビオラとバッシュの手だけがはっきりと見えた。
黙ったまま、次の穴を掘る。
ポットから外した苗は、立方体に固まった培土に糸のように白い根がぎゅっと凝縮されていた。
穴にビオラをイン。土をかぶせ、手で軽く押さえる。水をやると土が下がるから、あまり強く押しすぎないのがポイントだ。
「ヘインズさま、わたしでなくてもけっこうです。王宮へ一度おいでいただき、殿下に直接お話しいただけませんか」
エリオットはコテの柄を握りしめる。
理由なら、とっくにサイラスは知っている。並み居る貴族や全世界に放送されるカメラの前で、ひっくり返って王太子のしるしである銀の冠を放り投げることになるからだ。
どうして? それはエリオットが聞きたい。
なぜサイラスは、無理だと分かっていることをエリオットに迫るのか。それに、王宮は危険だからとヘインズ家へ逃がしたのは、他でもないサイラスを含めた家族だ。
いまさら、戻れって言うのか?
唇を噛むエリオットに、バッシュがため息をついた。
「エリオット」
侍従の仮面を外した、ぶっきらぼうな声。うつむいたエリオットの視界で、長靴のつま先がこちらを向く。
呼び捨てか、また勝手に距離を詰めやがって。
「黙るなエリオット。言わなきゃ分からないだろ」
「………」
「おーい、聞こえてるかエリオット?」
「………」
「エリー?」
うるさい、とエリオットが不機嫌に顔を上げるより先に、影が覆いかぶさってくる。
「リオ」
耳元でささやかれた声に総毛立った。
見下ろしてくる顔は、逆光で見えない。ほんの少し手を伸ばせば、捕まってしまう。捕まって、そして――。
「いやだ!」
振り向きざま、悲鳴を上げて移植ゴテを投げつけた。それはとっさに避けたバッシュの頬をかすめ、ひさしに当たって麦わら帽子が飛ぶ。
飛びのいた体の全部が心臓になったように脈打ち、耳鳴りがする。
急に動いたからか目がチカチカして視界が回り、エリオットはその場に両膝をついてえずいた。
「っ…ぇ……」
朝食を抜いたために逆流するのは酸っぱい胃液だけだったが、痙攣するみぞおちを抱えてさらに数回吐く。
「エリオット!」
「触るな!」
かがんだバッシュが手を伸ばそうとするのを、必死に叫んで拒絶する。
震える腕で、這うように大きな影から逃げた。
息が苦しい。口を開けているのに、ぜんぜん空気が吸えない。いつもどうやって呼吸をしていたのか分からくなった。
「……エリオット、おれはお前に触ったりしない。だから落ち着いて息を吐け」
犬みたいに忙しない息継ぎを繰り返すエリオットに、バッシュが言う。
「いや……来ないでっ……」
「大丈夫。エリオット、息を吐くんだ。ゆっくり、そう」
バッシュの大きな手が、たん、たん、とリズムを取って花壇の淵のレンガを叩く。
この手は、エリオットに触らない。息を吐く。ゆっくり。
鈍い頭で、一つずつ言葉を理解する。
「おれはここから動かない。大丈夫だ」
額から流れてきた汗と涙でぼやける視界に、紫色のビオラとバッシュの手だけがはっきりと見えた。
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