29 / 334
世話焼き侍従と訳あり王子 第二章
3-7 フラッシュバック(※)
しおりを挟む
「この庭園を拝見し、外出なさるのがお嫌いと言うわけではないと感じますし、お電話で長時間お話しされるお相手がおいでですので、社会との隔絶を望んでいらっしゃるとも思えません。もしヘインズさまにとって重大な理由があるのなら、それを申し上げれば殿下もご納得いただけるのではないでしょうか」
黙ったまま、次の穴を掘る。
ポットから外した苗は、立方体に固まった培土に糸のように白い根がぎゅっと凝縮されていた。
穴にビオラをイン。土をかぶせ、手で軽く押さえる。水をやると土が下がるから、あまり強く押しすぎないのがポイントだ。
「ヘインズさま、わたしでなくてもけっこうです。王宮へ一度おいでいただき、殿下に直接お話しいただけませんか」
エリオットはコテの柄を握りしめる。
理由なら、とっくにサイラスは知っている。並み居る貴族や全世界に放送されるカメラの前で、ひっくり返って王太子のしるしである銀の冠を放り投げることになるからだ。
どうして? それはエリオットが聞きたい。
なぜサイラスは、無理だと分かっていることをエリオットに迫るのか。それに、王宮は危険だからとヘインズ家へ逃がしたのは、他でもないサイラスを含めた家族だ。
いまさら、戻れって言うのか?
唇を噛むエリオットに、バッシュがため息をついた。
「エリオット」
侍従の仮面を外した、ぶっきらぼうな声。うつむいたエリオットの視界で、長靴のつま先がこちらを向く。
呼び捨てか、また勝手に距離を詰めやがって。
「黙るなエリオット。言わなきゃ分からないだろ」
「………」
「おーい、聞こえてるかエリオット?」
「………」
「エリー?」
うるさい、とエリオットが不機嫌に顔を上げるより先に、影が覆いかぶさってくる。
「リオ」
耳元でささやかれた声に総毛立った。
見下ろしてくる顔は、逆光で見えない。ほんの少し手を伸ばせば、捕まってしまう。捕まって、そして――。
「いやだ!」
振り向きざま、悲鳴を上げて移植ゴテを投げつけた。それはとっさに避けたバッシュの頬をかすめ、ひさしに当たって麦わら帽子が飛ぶ。
飛びのいた体の全部が心臓になったように脈打ち、耳鳴りがする。
急に動いたからか目がチカチカして視界が回り、エリオットはその場に両膝をついてえずいた。
「っ…ぇ……」
朝食を抜いたために逆流するのは酸っぱい胃液だけだったが、痙攣するみぞおちを抱えてさらに数回吐く。
「エリオット!」
「触るな!」
かがんだバッシュが手を伸ばそうとするのを、必死に叫んで拒絶する。
震える腕で、這うように大きな影から逃げた。
息が苦しい。口を開けているのに、ぜんぜん空気が吸えない。いつもどうやって呼吸をしていたのか分からくなった。
「……エリオット、おれはお前に触ったりしない。だから落ち着いて息を吐け」
犬みたいに忙しない息継ぎを繰り返すエリオットに、バッシュが言う。
「いや……来ないでっ……」
「大丈夫。エリオット、息を吐くんだ。ゆっくり、そう」
バッシュの大きな手が、たん、たん、とリズムを取って花壇の淵のレンガを叩く。
この手は、エリオットに触らない。息を吐く。ゆっくり。
鈍い頭で、一つずつ言葉を理解する。
「おれはここから動かない。大丈夫だ」
額から流れてきた汗と涙でぼやける視界に、紫色のビオラとバッシュの手だけがはっきりと見えた。
黙ったまま、次の穴を掘る。
ポットから外した苗は、立方体に固まった培土に糸のように白い根がぎゅっと凝縮されていた。
穴にビオラをイン。土をかぶせ、手で軽く押さえる。水をやると土が下がるから、あまり強く押しすぎないのがポイントだ。
「ヘインズさま、わたしでなくてもけっこうです。王宮へ一度おいでいただき、殿下に直接お話しいただけませんか」
エリオットはコテの柄を握りしめる。
理由なら、とっくにサイラスは知っている。並み居る貴族や全世界に放送されるカメラの前で、ひっくり返って王太子のしるしである銀の冠を放り投げることになるからだ。
どうして? それはエリオットが聞きたい。
なぜサイラスは、無理だと分かっていることをエリオットに迫るのか。それに、王宮は危険だからとヘインズ家へ逃がしたのは、他でもないサイラスを含めた家族だ。
いまさら、戻れって言うのか?
唇を噛むエリオットに、バッシュがため息をついた。
「エリオット」
侍従の仮面を外した、ぶっきらぼうな声。うつむいたエリオットの視界で、長靴のつま先がこちらを向く。
呼び捨てか、また勝手に距離を詰めやがって。
「黙るなエリオット。言わなきゃ分からないだろ」
「………」
「おーい、聞こえてるかエリオット?」
「………」
「エリー?」
うるさい、とエリオットが不機嫌に顔を上げるより先に、影が覆いかぶさってくる。
「リオ」
耳元でささやかれた声に総毛立った。
見下ろしてくる顔は、逆光で見えない。ほんの少し手を伸ばせば、捕まってしまう。捕まって、そして――。
「いやだ!」
振り向きざま、悲鳴を上げて移植ゴテを投げつけた。それはとっさに避けたバッシュの頬をかすめ、ひさしに当たって麦わら帽子が飛ぶ。
飛びのいた体の全部が心臓になったように脈打ち、耳鳴りがする。
急に動いたからか目がチカチカして視界が回り、エリオットはその場に両膝をついてえずいた。
「っ…ぇ……」
朝食を抜いたために逆流するのは酸っぱい胃液だけだったが、痙攣するみぞおちを抱えてさらに数回吐く。
「エリオット!」
「触るな!」
かがんだバッシュが手を伸ばそうとするのを、必死に叫んで拒絶する。
震える腕で、這うように大きな影から逃げた。
息が苦しい。口を開けているのに、ぜんぜん空気が吸えない。いつもどうやって呼吸をしていたのか分からくなった。
「……エリオット、おれはお前に触ったりしない。だから落ち着いて息を吐け」
犬みたいに忙しない息継ぎを繰り返すエリオットに、バッシュが言う。
「いや……来ないでっ……」
「大丈夫。エリオット、息を吐くんだ。ゆっくり、そう」
バッシュの大きな手が、たん、たん、とリズムを取って花壇の淵のレンガを叩く。
この手は、エリオットに触らない。息を吐く。ゆっくり。
鈍い頭で、一つずつ言葉を理解する。
「おれはここから動かない。大丈夫だ」
額から流れてきた汗と涙でぼやける視界に、紫色のビオラとバッシュの手だけがはっきりと見えた。
58
お気に入りに追加
442
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる